特許の攻撃と防御、そして交渉

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

技術思想としての発明を捉える

発明の文脈

特許は、明細書・図面と特許請求の範囲(クレーム)から成っています。明細書とクレームは、言葉で表現されています。

特許の対象は発明です。発明は、特許法に定義されている通り、技術思想です(特許法2条)。

この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

技術は累積的に進歩し、一つの方向に収束していく性質がありますので、似たような時期にあちこちで同種の発明がなされることがごく普通です。特許制度も公開を義務付けることによりこれを促進しています。

発明は技術思想であるため、必ず技術の発展経緯の中に位置付けられます。その文脈から逃れられない宿命を負っています。

技術思想である発明を理解するためには、その特許の明細書に書かれたことを読むだけでは不十分です。それまでのその技術の流れ・同時代の技術常識の文脈に置いてみることで、なぜそのような発想が出てきたのか、発明者がなにをトライしていたのかなどの事情が見えてきて、本質が理解できるようになります。

技術の発展経緯を調べる

対象特許の技術分野の発展経緯を追うには、引用特許マップを使うのが早道です。

出願人による引用

特許の出願人は、出願の際、従来技術として文献を上げることが義務づけられています。この義務づけの程度は、国によってかなり異なり、日本では導入も遅めでしたし、それほど厳しい義務ではありません(特許法36条4項2号・48条の7:平成14年9月1日施行)。

第三十六条  特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。

4  前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。

二  その発明に関連する文献公知発明(第二十九条第一項第三号に掲げる発明をいう。以下この号において同じ。)のうち、特許を受けようとする者が特許出願の時に知つているものがあるときは、その文献公知発明が記載された刊行物の名称その他のその文献公知発明に関する情報の所在を記載したものであること。

 

第四十八条の七  審査官は、特許出願が第三十六条第四項第二号に規定する要件を満たしていないと認めるときは、特許出願人に対し、その旨を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えることができる。

一方、米国では、特許性に影響すると出願人が考えるものは、Information Disclosure Statementとしてすべて提出しなければならず(37 CFR 1.56(a))、出願人にとってかなり重い負担となっています。その分、米国では第三者は特許の関連文献を豊富に入手することができ、その分野の技術的発展を追うことが容易にできます。

審査過程における引用

また、特許の審査過程では、審査官が先行技術を調査し、技術の進歩・産業の発展に寄与するかを新規性・進歩性の観点から審査します。先行技術からの距離が足らないと考えれば、その先行技術を引用して拒絶理由(特許と認められない理由)を通知します。拒絶理由通知の中で引用された文献(公開公報などの特許文献が中心ですが、学術論文や雑誌記事、Webなどの非特許文献も含まれます)を引用文献や引例と呼びます。

引用文献の調査

近年は、このような、出願時に引用されたり、審査過程で挙げられた引用文献が容易に入手できるようになってきています。Common Citation Document (CCD) では、1つの特許から派生するファミリー(優先権を主張されている、分割出願や継続出願、国際出願の各国展開など)について、日本、米国、欧州、国際出願事務局(WO)での引用文献を一覧できます。

商用のデータベースであれば基本機能として引用特許マップが含まれています。CCDのタイムライン表示を使っても、引用文献により技術の流れを追いかけることができると思います。

引用特許マップで技術の発展経緯を追いかける

引用特許マップでは、対象特許を中央に、前後(左右)に、対象特許が引用している文献(出願人による引用文献・審査時の引用)、対象特許を引用した文献が並びます。引用文献が少なく被引用文献が多ければ、その分野では初期の発明に該当しますし、逆であれば成熟してきてからの発明であり、おそらくは細かい改良だろうと見当がつきます。両方が多い場合は、その技術分野が盛り上がっていた頃の発明だろうというわけです。

技術の発展経緯の概略をつかむには、引用されている文献の幾つかをざっと読んでいきます。複数読むことで、どんなことが課題になっていて、それに対してどのような解決がなされてきたのかを、ピンポイントではなく幅や塊で捉えることができます。そして、その中でも中心的な課題を取り上げている文献について、さらにそれが引用している文献に遡って見てみます。

これを繰り返していくと、その分野の萌芽に行き着くことができます。引用文献の数自体少なくなり、さらに、分野の異なるものしか引用されないようになって来るのです。ここまでいくと、おそらくは、この時点が始まりの頃だろうと特定できます。

このように遡って来ることで、発展の流れを年代とともに描くことができるようになります。おおよその年代とその中心課題が何だったのか。大きな課題が解決されれば、さらに改良すべき点が出てくるのが技術の発展の王道です。

このような全体の流れが描ければ、その中のどこに対象特許が位置付けられるのかも自然に分かります。発展段階の初期のものなのか、技術が盛り上がっていた(課題が多かった)頃のものなのか、一通り主な課題が出尽くして解決され、ニッチな課題が出てきている時期のものなのか。

対象特許の位置付けが有する意味

対象特許が技術の発展経緯の中でどこに位置付けられるのかが掴めると、クレームの文言上の限定要素が辞書上の意味に加えてどのような背景をもっているものなのか、何を解決していて、どこを権利として狙っていたのかが見えてきます。

特許請求の範囲に書かれた文言は、そのまま読むととても広い範囲を含むことが多くあります。そして、権利範囲はその文言で特定されているので、その純粋な文言のみを武器として充足論を立ててくるのが特許権者の主張となるのが通常です。これが最も広く被疑製品を含むためです。

被疑侵害者側としては、そのような広い意味で権利行使されたのでは困りますから、そもそもの発明の趣旨に返って権利の範囲を限定していくことを行います。その際に直接の根拠となるのは出願書類や審査経過ですが、根本的な基礎は技術思想としての発明の持つ意義にあり、その観点で見た場合にこうした意味になる、それが出願書類や審査経過上のこの文言に表れている、という主張になってきます。

また、その周囲に同様の発明が存在しそうかどうかの見当もつくようになります。相当初期の段階の発明であれば、無効資料を見つけるのはかなり難しい。逆に中期の発明であるのに扱っている課題が大きいものであれば、似たような発明がもっと前に出ている可能性があります。

中期・後期では、課題や解決手段がピンポイントになりやすく、そうしたものは案外文献に言及がないものが多いため、これまた見つかりにくいものです。

技術の発展経緯を追う中で、いくつかの文献を読んでいると、相当近い文献を対象特許の出願日の近辺に見つけることがあります。さらに、出願日より早い公開日を持つものにも出会うことがあります。強い無効資料が見つかるケースでは、このような簡易調査の中で見つかっていることが多いものです。

スジをつかむ

事件のスジを類型とパラメータで考える

特許侵害事件(Patent Infringement Case)は、傾向として、3つに類型化できます。(1)言いがかりに近いもの(Nuisance)、(2)それなりにまともなもの(Credible)、(3)ガチでヤバいもの(Sophisticated)。

もちろん、境界線が明確に引けるわけではなく、(2)よりの(1)とか(3)、(1)や(3)寄りの(2)というのもありますし、ボーダーの上、という評価になるものもあります。

それぞれの事件がどのカテゴリーに入るのかは、(a)相手の素性、(b)対象特許(群)の力、(c)舞台がどこか、の3つのパラメータの掛け算でおおよそ決まるように思います。最も重要なのは(b)ですが、それだけで決まるものではなく、(a)や(c)の要素の影響も大きいため、忘れずに見ておく必要があります。

例えば、(a)事業会社が、(b)その技術分野の基本特許群を複数国で持っており、(c)ワールドワイドでの決着を望んでいる、となれば、(3)関連する事業の存亡にかかわる事態となります。

他方、(a)PAEが、(b)文言上は広いけれども無効資料がありそうな特許1件を、(c)米国地方裁判所で訴えており、他国に対応特許はない、となると、(1)小金集め目的の可能性が高そうです。

また、それぞれのパラメータは独立ではなく、相互に関連しています。

カテゴリーによって、適切な対応は異なります。達成すべきゴールが異なり、それに伴って、取るべき手段、かけられる費用と人員(工数)も異なります。ざっくり言えば、(1)ではできるだけ費用や工数をかけずに解決すること。(2)では、合理的な範囲に収まるように、納得感がある解決を図ること。(3)では、事業への影響を見極めて事業として最適となる解決を図ること。となりましょうか。

カテゴリーの異なる事案に同じ方法を採っていては、オーバースペックで費用倒れになったり、関係事業の損益に打撃を与える結果となったりする可能性もありますので注意が必要です。

このため、事件が発生したら、闇雲に手立てを打とうとするのではなく、初期の段階で、その事件がどのカテゴリーに入るのか当たりをつけ、今後の進行を予想しておく、すなわち、事件のスジを掴んでおくことが重要になります。

(a)相手の素性を掴む

ここで、「素性」という言い方をしているのは、それが誰かというだけではなく、どんな目的を持って動いているのかということを含めたい意図です。

個人か法人か。

まずは、基本事項として、個人なのか、法人(企業体)なのか。

個人の場合は発明者であることが大半ですが、そうなのか(これは、対象特許の基本調査と合わせて確認します。)。

法人(各国で定義が色々ですが、ここでは、個人ではない団体くらいで緩く捉えておきます)の場合、会社なのか、その他の団体(典型的には、米国のLLC(組合))なのか。

主たるビジネスは何か。

何をして食べているのか、ということです。これは、相手の目的、本件でどのように行動してくるのかを予想するバックグラウンド情報となります。

発明者個人の場合、独立した研究者であったり、引退された方であったり、ライセンスで稼いでいる方であったり、色々です。個人の場合は、WEBで検索すると、それなりの結果が得られることが多く、これまでの研究歴や発表歴、発明者として取得した特許等が分かります。経歴から、どういったタイプなのかも見当をつけます(研究者肌だろう、とか)。

会社(Corporation)の場合は、事業会社なのかどうか。

事業会社の定義も色々ですが、ここでは、自ら特許を使ってものづくりをする製造業なのか、研究開発と開発成果のライセンスをビジネスとしているのかを見ます。これが行動様式に影響するためです。

かつては製造業であったけれども、その事業を売却して現在は研究開発のみを行っている企業もありますし、研究開発も売却してライセンスビジネスだけが残っている場合もあります。対象特許が自社発明なのか、他者から調達したものかも、主たる事業を見るために付随的に確認します。並行して(b)を行いますので、自然に判明します。

確認の方法としては、まずはその会社のウェブサイトで事業内容や製品をチェックします。上場会社であれば、決算書類やIR情報をざっと見ます。日本の場合には、登記簿を取り寄せたり、帝国データバンク等の信用調査を利用することもあります。

特許侵害の訴訟原告や警告元で米国のLLCの場合は、確実に特許のマネタイズが主事業です。最近では、LLCが設立も解散も簡単なことを利用してか、対象となる特許ごとに別のLLCを設立して、その件が終結すると解散するという形も増えています。

本件での相手の目的は何か。

警告状(オファーレター)の場合は、ある程度はその文面から目的の推測がつきます。ニュースや相手のウェブサイト、WEBの検索結果からも推測できることもあります。

発明者個人の場合には、お金が目的のタイプと、ビジネスを一緒にやりたい(技術を採用した製品を世の中に出してもらいたい)タイプがあります。

上場会社の場合であれば、決算書類を見ると、その会社の現在の状況も分かりますので、本件の目的も見えてくることがあります。一般的には、本業が好調な時よりも、不調になっている時の方が保有特許を利用した開発投資の回収(=マネタイズ)へのプレッシャーは強くなります。また、関連事業を撤退している場合には、その事業にかけた開発投資の回収=マネタイズで精算する意図だろうと推測できます。

舞台が米国の場合は、相手のこれまでの訴訟実績も調べます。相手の名称や対象特許の番号を使います。継続的に存在している企業体であれば、今回の対象特許に限らずこれまでの訴訟実績が出てきます。今回の特許のための企業体の場合は、その特許での訴訟実績を見ておきます。既に手続が進行していたり、和解になっていることもあります。これらから、目的を推測していきます。

米国での訴訟実績には、PACER(Public Access to Court Electronic Records)を使うことで、誰でもアクセスが可能です(但し有料)。記録が電子的に公開されていますので、PACER自体でなくても、PACERを利用してウェブサービスをしているサイトもありますし、ニュースサイトでもある程度の情報収集が可能です。

最近の特許侵害係争は、マネタイズの割合が増していますが、競合を排除したり、類似品の出現を防止したりする本来の使い方がなくなったわけではありません。相手が競合であれば、ビジネス上の競争の状況についても事業部門にざっとヒアリングしておきます。市場でのポジションを有利にするための手段のひとつとして特許侵害を持ち出している可能性があります。

代理人は誰か。

相手の代理人についても、「素性」に含めて考えます。

特に米国の場合には、PAE側の代理人はいつもPAE側に立っており、現地の弁護士に聞くと、PAE側代理人として著名な事務所、というのもいくつもあるようです。

舞台が米国訴訟の場合、解決に向けて交渉する相手は代理人になりますので、交渉相手としてどのようなタイプなのかを押えておくと、この先のケースの進み方の予想がつきます。

例えば、PAEばかり、それも根拠の薄い(1)のタイプのケースを代理している弁護士は、小金集めが目的とはっきりしているため、訴訟の超早期に和解を持ち出して妥結する傾向があります。

日本の場合も、代理人として弁護士や弁理士名になっているときには、その方のこれまでの実績をあたったり、評判を聞いたりして、ケースの進め方を予想しておきます。

(b)対象特許(群)の力を評価する

基本情報を押さえる

特許の基本事項を、各国特許庁のデータベースを利用して調べます。特許番号、出願日、登録日、権利満了の(予定)日。中には満了している特許の場合もあります(過去分のみの請求)。維持年金は支払われているか(権利は存続しているのか)。権利者は誰か。

これらは、概略は特許公報を見れば分かりますが、登録後の権利の移転や維持状況はわからないため、日本であれば登録原簿を閲覧します。米国であればAssignment Searchで調べます。どの国でも、権利になるまでのデータベースと権利化後のデータベースは別立てになっていることが多いようです。

権利者が誰か、権利の移転経緯とともに押えておき、(a)の相手の素性の調査に含めておきます。

対象特許の広がりを押さえる

次いで、対象特許の広がりを押えます。分割出願や継続出願(米国)、対応外国特許までを含んだ特許ファミリー、関連技術でポートフォリオになっているのなら、その全体感。このケースでどこまでを射程に考えればいいのか。

初動の段階で、個別の特許の詳細まで読み込む必要はありませんが、不意打ちにならないように、どのくらいの規模のケースなのかは見ておきます。特許ファミリーは、商用データベースでは図示ができるようになっているものが多いですし、欧州特許庁のデータベース(ecepacenet)でも調べることができます。こちらの解説がわかりやすいと思います。

複数の特許が対象特許として原告/警告元から挙げられている場合、これらが同一の特許ファミリーに含まれている場合と、ファミリーは別だが関連技術である場合の両方があります。後者の場合には、それぞれの特許ファミリーを見ておきます。

対象特許の概要を押さえる

(ア)まず、対象特許をざっと見て感触を掴みます。

  • 発明の特徴は?
  • どんな課題を解決しようとしたものなのか?
  • 発明の背景として、その頃の技術常識はどういうものだったのか?
  • 出願当時に発明者が想定していたのはどんなものだったのか?

(イ)次に、これらを踏まえて、発明の技術思想としての中核を押さえます。可能であれば、その中核概念を言語化します。明細書や特許請求の範囲の文言にとらわれず、一般的な用語で捉えておけばOKです。

発明の特徴・中核概念や発明者の想定は、被疑製品との距離感を計ったり、有効性の感触を持つ前提となります。権利範囲は特許請求の範囲の文言で決まりますから、絶対ではないですし、固執すると危険でもありますが、感触として持っておくと、自社のポジションを確立し、ぶれないようにするためのアンカーになります。

(ウ)最後に、特許請求の範囲(クレーム)の文言を読みます。

初めに、発明の特徴から考えると、発明者が権利として取りたかったのはこのあたりなのだろう、という読み方をします。

次に、発明の特徴を一旦脇に置いて、文言だけを純粋に読むと、どこまで広くなり得るかを考えます。特許権者の側は、たいていの場合文言上最も広く捉えたものを主張してきます。発明当時から技術も進歩しています。どこまでが射程になり得るかは最も論争になるところです。特許請求の範囲の文言から、技術論争の予想をざっくり立てておきます。

特許と被疑製品の距離感を捉える

(ア)発明の特徴との関係で考えたときの距離

相当近いと考えられる場合から、何が関係しているのかさっぱりわからないケースまで広がりがあり得ます。

(イ) クレームを文言だけ純粋に読んだときの距離

明細書に書いてある発明の実態とは違うがクレーム文言だと当たりそうというケースもあります。

(ア)と(イ)の両者の間に結論が落ち着くと考えておけばよいでしょう。

特許の有効性の感触を持つ

対象特許の概要を捉えたときに、中核概念を抽出しましたので、これをキーワード化し、WEBサーチをかけて、その技術が最初に出てきた時代を特定し、その後の流れをざっくり追いかけます。

対象特許の出願日を、技術の流れの中に位置づければ、無効資料がありそうかどうかがざっと予想できます。流れの中で相当早い方であれば、有効性は堅い=無効主張は難しいだろうと予想がつきます。

(c)舞台がどこかを考える

舞台がどこか、というのは、基本的には、どの国なのか、ということです。また、訴訟手続なのか、そうでないのか、ということも含まれます。

原告や警告元がどの国の人(企業体)なのか、対象特許がどの国のものなのか、訴訟になっているのであれば、どの国のどの裁判所に訴えられているのかで判断します。

訴訟手続であれば、その国の法規に従って遂行する必要があります。また、裁判権は、国境に縛られますから、たとえ特許権が複数の国に存在しているとしても、訴訟手続としてはその国の中に限られます。ファミリー特許で複数の国で個別に訴訟になる可能性もあります。

一方、正式な裁判上の手続でなく、当事者間の話であれば、国を跨いで柔軟に話をすることもできます。このため、訴訟から始まって和解交渉になると、その対象特許の国だけでなく、複数国に舞台が広がることもあります。逆に、ワールドワイドで交渉していて話がまとまらないと、どこか一国を舞台として選んで提訴されることもあります。この場合には、その訴訟を梃子として交渉を進めようと考えていることが多いでしょう。

舞台がどこかは、解決にかかる費用に直結します。米国での訴訟手続となれば、高額の費用がかかりますが、損害賠償や和解金の範囲は米国での販売のみが対象となります。一方、複数国に関係特許を多く持っている特許権者とワールドワイドでライセンスを結ぶことになれば、解決金は多数国向けの製品を対象として計算されますから多額にのぼる可能性があります。

従って、解決に向けたコストを考えていく上で、舞台がどこか、(現在の舞台はどこで、今後変わる・広がる可能性があるのか)は初動の段階で押さえておく必要があるのです。

いつまでに行うのか

あくまでケースの「スジをつかむ」ための調査ですから、早期に完了させることが重要です。社内の関係部門や経営層からも、「どんな感じになりそうなのか」は始まってすぐの頃から問われることが多いでしょう。

目安としては、発生してから1~2週間で完了しておくのがよいと思います。この段階で正確な分析は不要で、概略の方向性が見えればOKです。気になり出すとどんどん深く調べたくなってしまうものですが、詳細になりすぎて時間がかかってしまうことに注意した方がよいでしょう。

供給元にどうやって要求するか|Indemnificationの実際

前回のエントリでは、供給品に起因して特許侵害を主張された場合に、供給元に対して、何を根拠にしてどこまで要求できるのかについて、できるだけ全体像が見えるように説明しました。

今回は、実際に特許侵害を主張されたときに、どのように供給元に対して補償交渉を行っていくのか、開始の実際について書いてみたいと思います。

被疑製品と対象特許の関連度をはかる

特許侵害を主張されている特許(対象特許)と被疑製品は、訴状なり警告書なりに記載されています。それがどの程度詳細に書かれているのかは、場合によりけりです。

対象特許は番号で特定されますので明らかですが、主張元がその特許の正当な権利者で、特許侵害を主張する資格があるのか、また、対象特許の維持費用がちゃんと支払われていて現存しているのかについてはちゃんと調べなくてはいけません。また、被疑製品については、例示の場合も多く、「例えば○○シリーズなど、対象特許を侵害する製品」とかで済まされていることも多いため、被疑製品の範囲も自社で見極めておく必要があります。

訴状などにどのように書かれているにしても、特許権者が主張することを鵜呑みにするわけには行きませんので、特許自身を調べるとともに、特許の内容と例示された被疑製品から、関連度をはかる作業を行います。

具体的には、まず、対象特許の特許請求の範囲を要素(「構成要件」と呼びます)に分解します(これを、「構成要件に「分説」する」と呼びます)。そして、構成要件の中で、対象特許発明の特徴部分=従来技術との差異はどこなのかを、特許明細書を読み込んで当たりをつけていきます。

最初の段階での作業は、訴訟等の全体の感触をつかみ、対応方針を立てるために行うものです。従って、あまり詳細に踏み込んで時間をかけたくありません。このため、明細書の読み込みだけで特徴部分のあたりをつけられるのが望ましいのですが、特許によっては特徴部分がどこなのかがさっぱりわからないケースもあり(米国特許では往々にしてこのようなことがあります。被疑侵害者泣かせです。)、そのような場合には、出願経過を取り寄せて(相当古いものでなければ特許庁サイトから電子データのダウンロードができます。日本でも米国でも。)、出願から特許に至るまでに特許庁から出された拒絶理由と、それに対する出願人の応答を見て、出願人が何をどのように主張して最終的に特許となったのかを確認し、その点が特徴部分だろうと推測します。

次に、各構成要件が被疑製品にある(ありそう)かどうか、ある場合には、その構成要件に該当する部品やモジュールのあたりをつけます(ここではこれらを「関係部品」と呼びます)。そして、それらが自社で設計や製造をしている内製品なのか、他社からの購入品なのかを特定します。ここでも、厳しく関係を判定するというよりは、特許権者がどう主張してくるかを考えて粗めに判断します。例えばこんな感じ。

製品abc
/ 構成要件 特徴部分 該否 関係部品 内製
A ... CPU ×
B ... CPU ×
C ... ファームウェア
D ... アンテナ ×
製品def
/ 構成要件 特徴部分 該否 関係部品 内製
A ... HDD ×
B ... コントローラ ×
C ... コントローラ ×
D ... インターフェイス ×

次に、特許の特徴部分に対応する関係部品が内製でない場合には、その関係部品の供給元を調べます。被疑製品が複数ある場合には、すべてについて調べますが、特許が広い機能をカバーしていると、関係製品が多くなり、供給元も多くなるため、時間がかかることが多いです。また、特許の成立が古いと、過去から遡って調べる必要があり、これまた数が増えて時間がかかることが多いです。

上記の製品abcの例では、特許の特徴部分は購入品であるCPUと自社製であるファームウェアの協働です。ここでは、CPUの供給元を調べます。また、製品defの例では、特許の特徴部分はコントローラの内部処理のようです。ここでは、コントローラの供給元を調べます。この2例のように、構成要件が被疑製品の複数部品のいくつかにまたがっていることが多いのですが、場合によっては、CPUやコントローラ、あるいはHDDなどの1つの関係部品の中で完結していることもあります。こんな感じですね。

製品ghi
/ 構成要件 特徴部分 該否 関係部品 内製
A ... CPU ×
B ... CPU ×
C ... CPU ×
D ... CPU ×
製品jkl
/ 構成要件 特徴部分 該否 関係部品 内製
A ... コントローラ ×
B ... コントローラ ×
C ... コントローラ ×
製品mno
/ 構成要件 特徴部分 該否 関係部品 内製
A ... HDD ×
B ... HDD ×
C ... HDD ×
D ... HDD ×

関係部品と対象特許の関連度

上記のように調べていくと、その案件における関係部品と対象特許の関連度が見えてきます。制御や処理ステップを含むタイプの発明の場合も考えると、おおよそ以下のように類型化できます。

  1. 特許の構成要件すべてが1つの関係部品の中で完結されている。
  2. 特許の特徴部分は、すべて1つの関係部品の中にある。
  3. 特許の特徴部分は、1つの関係部品と、ソフトウェア(ファームウェア)の協働で実現されている。関係部品とファームウェアの供給元は別である。
  4. 特許の特徴部分は、1つの関係部品と、ソフトウェア(ファームウェア)の協働で実現されている。ファームウェアは内製である。
  5. 特許の特徴部分は、ソフトウェア(ファームウェア)により実現されている。ファームウェアは内製である。

上記の5類型のうち、5は供給元に補償を求める余地がありません。1~4については、実際に補償してもらえるかどうか、確度にかなり開きがありますが、ひとまず補償を要求してみる方向で動き出します。まずは、洗い出した供給元との契約の確認です。

供給契約に基づく通知

洗い出した供給元が複数社あれば、そのすべてについて、供給契約の特許補償条項を確認します。前回のエントリで述べたように、供給元の責任発動条件として、買主には早期の通知義務が課せられているのが通常です。通知義務も契約によってバリエーションがありますので、該当契約での通知方法についてまず確認し、契約に則って通知を行います。この時点で、契約関係で落とし穴になりやすい点としては、以下のようなものがあります。

  1. 供給元と自社の間に直接の契約関係がない。商社などを経由、あるいは、製造委託先が購入している。
  2. 供給元は過去の取引先であり、現在は取引がない。
  3. 取引はあるが、契約を締結していない(書面の「契約書」がない)。
  4. 特許補償条項が存在しない。

1.供給元との間に直接の契約がない

取引口座開設の関係や、部品メーカーからの要請など、種々の事情で直接の契約先が製造元ではないことも珍しくありません。このような場合には、契約に基づいた通知は、契約の相手方に行う必要があります。

商社などの場合、技術情報を持っているわけではありませんし、特許侵害の該当性や、責任の有無について自ら判断できるわけではありませんので、そのまま製造元にリレーされます。このような場合には、金銭的な補償は契約の当事者である商社などが行い、技術的なサポートについては直接製造元にコンタクト窓口を設定されることもあります。

製造委託を行っている場合、自社で部品を購入し、製造委託先にその部品を供給して製造させることもあれば、製造委託先に部品の購入も含めて委託することもあります。製造委託先が他社から同種の製品を受託していると、自社で部品購入をするよりもボリュームが大きくなり、ディスカウントがきく、というメリットもあります。後者の場合、部品の供給元との間には直接契約がありませんので、製造委託先との契約の中でカバーすることになります。この場合も、製造委託先から関係部品の供給元へ補償要求はリレーされます。

なお、被疑製品を製造委託をしている場合、構成要件と部品との関係がどうあれ、製品全体についての補償要求を製造委託先にできるかどうかという問題が別途あります。OEM供給品のように、製造委託先が自ら開発設計した製品を丸買いし、自社ブランドをつけて売るといったケースであれば、当然ながら補償要求は可能です。しかし、自社で開発設計をしていて、その指示に従って製造していただけ、となれば、責任は自社にあることになり、補償要求はできません。問題は、この中間になるケースが多いということで、一部は自社設計、一部は製造委託先の設計である場合の責任の分担をどのようにするのかはよく問題になります。典型的な補償条項の除外条件では、「委託者の指示による場合」とされていることが多いのですが、どの程度であれば「指示」なのかで揉めることも多く、仕様の出し方、委託の内容など、実情に合わせて具体的にブレークダウンした契約文言にしておきたいところです。

2. 供給元との間に現在は取引がない

現在取引がなくなっているといっても、過去に供給をうけた製品であれば、責任がなくなるわけではありませんから、契約に基づいて通知は行います。取引が終了し、契約自体も終了している場合には、念のため、そうした補償条項が契約終了後も残存しているかどうか確認しておきましょう。残存していないとすると、根拠がなくなるため、かなり交渉は難しくなると覚悟した方がよいでしょうが、この段階では、供給品に基づくものであるから当然そのような義務はあるとして、通知は行います。

相当古い取引先の場合、その会社が既に消滅していたり、買収されていて買収先にはもうその供給品の後継製品すら取り扱いがなかったりすることもあります。会社の事業が全く変わってしまっていて、窓口すら不明な場合もあります。会社が消滅してしまっている場合には諦めるより仕方がありません。買収や事業の形態の変更により窓口不明の場合には、一応、承継しているであろう現在の会社の代表者やgeneral counsel宛に通知を行います。が、このケースでは、回答が得られる可能性はかなり低くなります。どちらかというと、「合理的な努力をしました」と社内に報告するための通知発送という色合いが強くなります。

3. 取引はあるが、契約を締結していない(書面の「契約書」がない)

継続的に供給を受けているのにもかかわらず、書面で契約が結ばれていないというケースも存在します。事業部門間では条件に合意し、すぐに契約も結ぶつもりで取引を開始したが、お互いの雛形条項による契約条件で折り合いがつかず、取引は順調に進行しているにもかかわらず、契約交渉が暗礁に乗り上げてしまった、といった事情が多いようです。ビジネスが良好な間は、契約書がなくても特に問題も起きないため、どこかで交渉が中断してしまうと、担当者も忘れてしまってそのまま放置されていたりします。

このような書面の契約なしで供給を受けている場合には、注文書の裏面に発注条件などが書いてあればそれが適用されますが、それもない場合もあります。国によっては契約が書面になっていることを要求されたりします。そうでなくても、口頭の合意によって契約の存在を言い立て、その中で主張するとか、いずれにしても補償要求は相当厳しくなります。とはいえ、この場合も、供給品に基づくものであるから当然そのような義務はあるとして、通知は行います。

法務担当者としては、このような事態にならないように、取引開始前に契約がちゃんと書面化され結ばれるように目配りをし、支援をしていく必要があります。

4. 特許補償条項が存在しない

特許補償条項は、供給契約にはつきもの、と認識していますが、20年以上昔に締結されたまま自動更新になっていた「取引基本契約書」を、補償要求の必要に迫られて見返したところ、何回読み返しても第三者の知的財産権を侵害した場合についての条項が見当たらなかったことがあります。古い契約だからといって特許補償条項がないのが通常だったとは思わないのですが、牧歌的な時代ということでしょうか。

こうした場合にも、契約書がなかったり終了していて条項が残存していなかったりするケースと同様に、補償要求は相当厳しくなりますが、ひとまず、供給品に基づくものであるから当然そのような義務はあるとして、通知は行います。

このようなことがあり得ますので、あまり自動更新に頼らず、定期的に継続的な契約も見直すことが必要ですね。

発信者は誰にするか

以上のように、通知を出すべき供給先が整理されると、次は実際の通知の発信です。ここで、誰から誰に出すのか、ということを考えなくてはなりません。

発信者は

海外で訴訟になっている場合には、代理人弁護士から発信するか、会社名で発信するかを検討します。供給元が同時に同じ対象特許で提訴されている場合には、代理人弁護士から発信してもらい、その後のやりとりも弁護士同士でしてもらった方がスムーズです。また、供給元自身が被告でなくても、同時期の複数の被告の共通の供給元である場合にも、代理人弁護士を噛ませた方がよいでしょう。この後、共同防衛のためのグループが組成されることが多く、それは弁護士間のコミュニケーションになるためです。その他の場合には、供給元との関係からケースバイケースで考えればよいでしょう。海外での訴訟であっても供給元が日本企業であれば、会社名で出すことも多いと思います。

会社名で発信する場合の発信者は、特別な事情がない限り、この業務を担当している知財部門・法務部門の部門長名で出せばよいでしょう。本文中や末尾に実際の担当者名と連絡先を記載し、今後のやりとりがスムーズになるようにしておきます。

特別な事情としては、急に法務部長名で契約に基づいた要求書が送られてきたら相手が驚いてしまうので避けたい、という事業部門側の要請があるような場合が考えられます。こうしたときは、通常の窓口から発信してもよいのですが、その後なんどもやりとりを繰り返すことになりますので、初回はそのような発信をするにしても、担当の法務・知財側での窓口を明らかにし、以降のやりとりは直接できるように要請します。

なお、以前は事業部門から上記のような要請があることが多かったように思いますが、最近は、通知自体に慣れてきている会社が増えたようで、あまり「そういう驚かせるようなことはやめてもらいたい」と言われることもなくなりました。とはいえ、法務・知財からの正式要請に加えて、取引窓口からもフォローを入れてもらうと、その後がスムーズに運びます。

宛先は、まず契約上の指定に従う

契約上、通知の宛先が明示されていれば、それに従って発信します。日本の契約の場合は、実際の取引を行っている部門同士のことが多く、海外企業相手の契約の場合は、契約管理部門(法務など)が指定されていることが多いようです。

但し、契約が古いままだったりすると、宛先の部門や担当が変わってしまっている可能性が高くなりますので、実際の取引が継続しているのであれば、取引窓口からのフォローをしっかりしておきましょう。

契約上に宛先条項がない場合

契約上に通知の宛先が記載されていない場合には、取引が継続中であればその窓口に出します。上述したように、既に取引がなく、供給品を取り扱っている部門すら不明な場合には、会社の代表者やgeneral counselを宛先にします。

供給元から見ればこちらは顧客です。顧客サイドから見れば、通常取引の窓口が最も有効にプレッシャーをかけやすい要求先と言えます。供給元の社内でも、窓口部門から法務・知財へプレッシャーをかけてくれることも期待します。

通知の内容

名宛人と発信者が決まりました。具体的な通知の内容はどのようなものになるでしょうか。

文章の体裁は通常の書簡と同様ですが、最低限盛り込みたい要素は、以下のようなものです。

  • 特許侵害訴訟・警告がなされたこと(原告/警告元を明示します)
  • 対象特許の番号と名称
  • 供給品が関連しているようであること(対象となる供給品の型番の例示)
  • 契約○条に基づき、責任を果たしてもらいたい
  • 担当者の連絡先

上述したように、契約上に条項がない場合は条文を引用できませんので、契約名だけを持って来て、供給元としての責任において、とかなんとかぼかしておきます。契約がない場合にも、これまた取引を継続していることと供給元としての責任を強調しておきます。

なお、契約上の責任発動条件が、訴訟の提起である場合でも、技術的な見解を求めたいことがあります。その場合には、上記の「責任を果たしてもらいたい」に代えて、「貴社の見解をお知らせ頂きたい」にします。

回答期限

通知の中に回答期限を入れるかどうかは、好みの問題というか、どちらでもよいと思います。期限を入れるのであれば、2~3週間の余裕を見ます。期限が入っていれば、回答へのプレッシャーにはなります。ただ、この手の通知に梨の礫という会社は多くありません。ひとまず担当者を明らかにして、1週間程度で受領通知を送ってくる場合が多いと思います。

設定した期限を超えても回答がなかったり、期限を設定せずに3週間を超えた場合には、リマインダーを送ります。

なお、責任を求めるかわりに技術的な見解をもとめるタイプの通知書を送った場合には、見解自体が帰ってくるには相当の時間がかかります(少なくとも1ヶ月、場合によっては数ヶ月)。長期間放置されないようにするために、先方の担当窓口がわかるように、回答期限と求める回答を工夫する必要があります。

補償交渉の開始

通知に答えて供給元から回答が来れば、そこから補償交渉のスタートです。

通知の段階では、供給品の型番の詳細までは整理できていないことが多く、全型番のリストを添付するまではやらないのが通常です。このため、受領通知において、供給元から、対象となる供給品をリストするように求められることが多いです。

リストを提供した後、供給元において、リストされた供給品と対象特許を付き合わせ、技術的な解析を行い、補償の必要性を判断していくプロセスが開始されます。技術的な見解や、補償の必要性についての見解が出てくるには、数ヶ月かかることも珍しくありません。

また、上述のように、買主側としては、通知を行わなかったために補償を受けられない、という事態を避けるため、疑わしきは責任有りというスタンスでとりあえず通知は出しておけ、となりがちです。売主側も、その辺の事情は分かっていますから、こちらは逆にとりあえず責任はない、から始めようとします。この両極端な立場から歩み寄るための交渉が補償交渉であるため、双方に負荷がかかります。

補償交渉は、特許侵害紛争本体とは異なり、基本的には取引関係が継続している中での交渉になります。できれば、双方にとってあまり負荷のない形で、今後の取引にも影響なく解決したい性質のものです。

以前と比べると特許侵害紛争の発生はさほど珍しいことではなく、自社で製品のすべてを内製することが減ってきているため、補償交渉はさらに増えています。毎回1から交渉するのではなく、契約の段階で事前に歩み寄っておく、織り込んでおく、という考え方もあると思います。

社内調整も肝心

社内において、特許侵害クレームを供給元が面倒を見てくれることに対して期待が大きくなることがあります。特に、当初の通知は全面的に責任を取れ、くらいの勢いで書きますので、真に受けてしまうと、期待が過大になります。

上述のように、これに対する供給元の回答としては、渋くなりがちという傾向がありますから、社内の期待を変に盛り上げないように、特許の内容と供給品の関係をしっかり理解してもらい、どのあたりを目指すのか、合理的な解決はどのあたりなのかについて、社内的な合意を事前にとっておくのも重要です。これができないために、補償交渉が暗礁に乗り上げることも少なくありませんので、注意しましょう。

実際の補償交渉の類型

以上のようにして、補償交渉が開始されるわけですが、相当のバリエーションがあります。類型化して整理できるとよいと思いますが、まだ自分の中でも整理されていないので、機会を改めたいと思います。

供給元にどこまで要求できるか|Indemnificationの基本

※本エントリは、法務系Advent Calendar 2014への参加エントリです。

現代の電気製品は、多くの部品からできています。最終製品を販売しているメーカーが全ての構成部品を作っているなどということはなく、部品メーカーから購入して組み立てを行います。ここでは、このような仕入れ先に当たる部品メーカーを供給元と呼びます。

では、こうした購入部品が原因で自社製品が特許侵害と言われたときには、供給元に責任を求めることができるのでしょうか?

供給契約上の特許保証・補償条項

供給元との間には、その対象(ここでは供給品と呼びます)の取引条件を決めた契約(ここでは供給契約と呼びます。実際には、売買契約とか基本取引契約とかSupply and Purchase Agreement とか Master Purchase Agreement とか色々な名前です)があります。諸事情で契約が締結されていないままに取引が行われているケースもありますが、話がややこしくなるので、ここではそういうケースは除外します。

この供給契約の中には、通常、売主(Supplier)からの供給品が原因で買主(Buyer)が特許侵害を主張された場合の売主の責任について定めている条項があります。古い契約でこのような条項が全くない契約も見たことがありますし、契約案に入っていないケースも稀に遭遇しますが、買主側としては必須の条項です。特許侵害はいつ言い立てられるかわかりません。

この条項の内容は、おおむね、以下の2つからなっています。

  1. 売主が知る限り、供給の時点で供給品が第三者の特許を侵害していないことを保証すること(特許保証)
  2. 供給品について買主が第三者から特許侵害を主張された場合には、売主が買主に代わって防御したり対応費用を負担したりすること(特許補償)

特許保証

上記の1、特許保証は、2の前提となるもので、買主としては不良品を買いたくはないように、特許を侵害している製品など買いたくありません。とはいえ、特許の数は膨大であり、いくら販売前に侵害予防調査をして回避をしていたとしても、完全に非侵害を保証するのは不可能です。漏れの可能性もありますし、権利範囲に入るか入らないかの解釈の違いもあります。このため、保証できるのは、その時点でちゃんと合理的な努力をしており、信じる限り非侵害です、ということまでになります。

特許補償

便宜上、特許補償と書いていますが、日本語の契約の場合のタイトルは、「第三者の知的財産侵害」程度になっていることが多いようです。あまり定着した用語がありません。英語の場合は、Indemnificationとなります。

実際に重要なのはこの条項で、第三者が特許侵害と言ってきたときに、それが供給品が原因であれば売主が責任を取ります、というものです。これは、至極自然に聞こえますし、特に問題ないような気がします。買主としては特許についても安心して供給品を買うことができそうです。そもそも、供給品の技術内容は売主は熟知していますが買主にはブラックボックスです。それを特許侵害と言われて解析して反論するなど無理があります。

とはいえ、いざ特許侵害だと言われたときに、供給元に連絡してみると、「それは責任範囲に入っていません」とすげなくされることも多いのです。では、この条項は実際どのような条件を満たしたら発動されるのでしょうか。

責任発動の条件

一般に、補償責任発動の条件は、以下のようになっています。

  1. 供給品について特許侵害として(a)訴訟を提起された または (b)権利行使を受けた
  2. 買主が上記についてすぐに通知をした

1については、契約の取り決めによって(a)のように訴訟しかカバーしないものと、(b)訴訟に限らず警告等の権利行使全般を含む ものとがあります。買主側としては全てのケースを含む(b)の方がありがたいですが、売主側に拒否されることもあります。一定の線を引いておきたいという売主側の思いも理解できますので、これはその他の条件との見合いで(a)となるか(b)となるか決めることになります。

2については、訴訟提起や警告書の受領等、1の条件を満たしたことを買主が知ってから○○日以内と具体的に日数を規定しているものもありますが、特に日数までは書かずに「遅滞なく」(promptly)とされることが多いようです。この条件がついているため、買主側としては、供給品を含む製品が特許侵害主張をされた場合には、それが確実に供給品を原因とするものなのかどうかの見極めがつくまで待たずにとりあえず通知をすることを優先することになりがちです。

売主の責任の枠外となる場合

特許侵害を主張された製品が供給品を含んでいても、その特許の権利範囲が供給品だけでは完成しない場合があります。特許の権利範囲を構成する要素としてA、B、C、Dがあるが、供給品にはA、B、Cしか含まれず、Dは別の部品であり、全体を含んでいるのは製品である、というものです。

例えば、無線通信の方法の発明では、無線チップの中で処理が行われますが、それを通信相手に届けるためにはアンテナが必須です。こうした場合に、特許の構成要素としてアンテナが入っていれば、無線チップ単体では特許を侵害しません。

このように、製品レベルで特許侵害であるとしても、供給品のレベルでは特許を侵害しないことは多く発生します。補償発動の条件として、「供給品が第三者の特許を侵害したとして権利行使を受けた場合」とされていると、このような場合には「侵害した」という点で条件を満たさず、補償を求めることは難しくなります。Dを含む別部品を採用して製品として完成させたのは買主の選択であり、A、B、C、Dからなる特許については売主の責任範囲外であると言われるでしょう。(但し、上記の例のように、要素Dが汎用品(アンテナ)である場合、どんなアンテナを持って来ても結果は同じ(=製品レベルで侵害)となるため、買主の選択の問題ではないとして争う余地はあります。後述の場合と同様です。)

では、「供給品に起因して、買主が第三者から特許侵害を主張された場合」とされていればどうでしょうか。供給品単体で特許侵害にはならないにしても、供給品が特許侵害の主な原因であれば、責任を問うことができるのでしょうか。

特許という仕組みの大前提として、その権利範囲に入るかどうかは、権利範囲を構成するすべての要素を満たしているか否かで決まります。1つの要素でも欠落していれば、権利範囲には入りません。この点で、各々の要素の価値は等価です。しかし、特許発明の特徴、すなわち、その発明を特許たらしめる、従来技術との差異は、要素全体ではなく、特定の要素にある場合がほとんどです。このような特徴的部分の要素がA、B、Cであり、Dは従来技術にも存在する要素である場合は、特許侵害が「供給品に起因している」として売主に責任を求めることができるような気もします。

難しいのは、特許発明の特徴部分=従来技術との差異は、必ずしも明らかでないということです。日本の特許出願は、「拒絶の理由を発見しな」ければ特許になります。米国特許は、Allowanceの際に、審査官が理由を付してきたりしますが、それが本当にそうなのか?というものも間々あります。明らかでない場合が多いということは、供給元に、供給品が発明の主たる部分を構成しているから特許侵害の原因であるとして契約に基づく補償責任を求めた場合、少なからず争いになる、ということを意味します。

契約によっては、この点に疑問が出ないようにするために、発動の例外条項として、特許侵害が供給品と他の部品との組み合わせに起因する場合を挙げているものもあります。このように明示的に除かれていれば、汎用部品だろうがなんであろうが、供給品だけでは特許の権利範囲を充足しない場合は売主には補償責任はなくなります。それだけ責任を求めることができる場合が制限されることになり、買主にとっては厳しい条件となります。

このような組み合わせによる例外の他、供給品に対して買主が修正を加えた場合、供給品自体が買主の指示により設計された場合などがよくある例外条項かと思います。

責任の取り方

売主の責任の取り方としては、上述したように、(a)買主に代わって防御する、(b)対応費用を負担するの2つがあります。

(a)買主に代わって防御

供給品単体で特許の権利範囲の要件を満たしてしまう場合(例えば、プリンターやデジカメに無線機能がついていて、無線関係の特許で訴えられ、特許侵害は無線モジュールの中で完結)、買主としては、自ら訴訟を遂行して対応費用を後から売主に求償するというよりも、まるごと面倒見て欲しいことの方が多いです。なにしろ、供給品の中身の話です。技術内容なんてわかりません。ブラックボックスです。そんな状態でうまく非侵害主張などできるわけがありません。

そういうニーズに応じるのが、この「買主に代わって防御」です。防御に応じてくれるかどうかは、ほぼ、契約書に明言されているかどうかによります。英文契約の場合、defenseと入っている必要があり、indemnifyだけだと微妙なようです(このあたりは、日々リーガルプラクティスさんのブログ記事に解説があります)。

そして、売主が防御を実行する条件として、上述したものの他に、「案件対応のコントロールを渡す」が入ってくることが多いようです。特許侵害訴訟を戦っていく上で、被告が買主だからといって、訴訟戦略・戦術に口を出されたのではやりにくく、効果的な遂行ができないということです。また、時には売主・買主間で利害が一致しない場合もあるため、防御して欲しいなら訴訟に関する全権を渡せ、というスタンスになるようです。

防御してもらえるのが最善のように見えますが、被疑製品が多種類あったりすると、同機能の部品の売主である供給元は複数社である場合が少なくありません。供給停止リスクに備えるため、複数購買ポリシーを持っている会社も多いと思います。このように、供給元が複数の場合には、どこか一社に訴訟に関する全権を渡すのは困難です。供給割合の最も多い一社に集中させることもできなくはないのでしょうが、供給元間での利害対立は売主買主の場合よりも多かったりするため、あまりうまくいきません。

(b)対応費用を負担

契約書に防御すると書かれていなくて売主に防御を断られた場合、複数購買のためにコントロールが渡せなくて条件を満たさないから防御はできないと言われてしまった場合、さらに、組合せ侵害の場合でも主要部品の供給元に責任を求めたい場合などは、自社で訴訟等を遂行して解決し、求償する形になります。金で解決ですね。

この型の場合には、買主が訴訟の遂行をしますので、どんな代理人を使ってどのように訴訟を進めるか、和解するのか、最後まで戦うのか、といったコントロールは買主にあります。その中で、かかった費用を丸ごと売主が負担してくれるかといえば、「それはかなわない」と誰しも思うことでしょう。「金を出すなら口も出す」のが普通です。

対応のしかたによって、弁護士費用などは大きく変わってきます。自らコントロールできないものについて、後から支払う・支払わないの線引きをしたり、交渉をしたりするのも手間がかかります。このため、弁護士などの費用については支払わない、支払うのは裁判の結果認められた損害賠償金額のみ、としてくる売主もあります。和解解決の場合の解決金については、同等とみなして支払に応じるとしているものもあれば、和解は当事者の裁量が大きいので、支払には応じない、とするところもあります。

弁護士費用についても支払ってくれる書きぶりになっている契約書もあります。その場合でも、費用の明細の提出は必須で、関係なさそうなものは支払から控除されます。供給元が複数ある場合は、供給割合に応じて費用負担額を按分します。このような供給元との交渉自体を弁護士にさせると、そこにもチャージが発生しますが、当然ながらそのチャージは自社で負担せざるを得ません。

負担額の上限

かつては、補償金額には上限を設けないのが常識だった業界・時代もありました。上述したように、保証に限界があるのだから、発生したときには全面的に責任を取るべきという考え方だったと思います。その分をリスクプレミアムとして販売価格に上乗せして供給する(マージンを多めに取る)ことで対応できたかもしれません。

しかし、コスト削減の圧力が強まる中、いつ起こるか分からず、発生したときには高額になる特許侵害に対して青天井の補償を認めていたのでは、その時点で利益が吹っ飛びかねません。こうした観点から、補償額に上限を設ける傾向になっています。絶対額での上限のほか、取引額に連動させる形が多いようです。

この上限額と、補償の発動の条件に対する例外事項を連動させているケースも見られます。例外が多ければ、上限額は多めに、例外が少なければ上限額は少なめに設定して、売主側が全体での発生時のインパクトを均す考え方によるようです。この場合、厳格に見れば供給品レベルでは侵害でない(権利範囲の要素の欠落がある)場合(組み合わせによる侵害)でも、上限額を低く設定したり、組合せ侵害専用の上限額を設けたりすることによって、一定の補償に応じる場合もあります。主機能を司るような部品の場合には、組合せであっても買主側から補償要求が出やすいので、両者の歩み寄りの結果、このような形に落ち着くようです。

技術的なサポート

特に影響範囲が大きい(=販売実績が多い)被疑製品で、防御してもらうのは難しいケースの場合、供給元がどれだけ負担してくれるのかは社内の大きな関心事となります。しかし、知財の実務部隊としては、それよりもなによりも、供給品の技術内容についてしっかりとした情報を提供して欲しい、供給品が特許とどのような関係にあるのか、非侵害論はどのように組み立てればいいのか、有効な無効資料はないのか、特許より前から製造販売していたという証拠をもっていたりしないのか、という技術的・特許的サポートがどれだけ受けられるのかに大きな関心があります。

特に主機能を司るような部品の場合、供給元からのこうした「まともな」情報提供とサポートがなければ有効に訴訟を戦う・特許権者と議論して交渉するのは困難です。

こうした特許侵害事件発生時の技術サポートは、供給元が費用負担などの責任を認めない場合であっても、顧客サポートの一環ということなのか、受けられることが多いです。事件発生通知の際、防御を求めることが難しいことが分かっている場合には、契約に基づいて責任を取るように要請すると共に、特許と供給品の関係について見解を求めることもあります。

とはいえ、得られる「見解」は、軽いものであることも多く、訴訟や交渉でのカードとして使える程度に練られていないこともしばしばあります。このあたりは、供給元自身が同じ特許権者から訴えられているかどうか、他にも買主がいて同じ要求をうけているかどうか、といった事情にも左右されます。

被疑製品の特許と関係の深い部分が供給品にほぼ含まれてしまうような場合は、自力で非侵害論を組み立てるのも辛いことが多いために実質的な技術的サポートを受ける必要があり、一方で金銭的な負担を求めても応じてもらいにくく、どちらも供給元との厳しい交渉に発展することがあります。特許侵害訴訟や警告で特許権者と前面で戦いつつ、裏では供給元とも交渉するということで、リソースの負荷も高く、このようなケースが実務部隊としては最もキツイかもしれません。

オファーレター(警告状)への対応|そもそも回答するのか

回答は必須??

ライセンスオファーのレターに引き続き面談による相対交渉に進む場合について、また、レターへの書面回答の際の心得についてエントリを書きました。

相対交渉の始まりとその準備 - 特許の攻撃防御、そして交渉

相対交渉|第1回面談の調整 - 特許の攻撃防御、そして交渉

相対交渉|第1回面談:説明と質疑応答 - 特許の攻撃防御、そして交渉

オファーレター(警告状)に書面で回答する - 特許の攻撃防御、そして交渉

相対交渉の始まりのエントリで書いたように、レターをもらった側としてはミーティングを好んでやりたいわけではありません。当初のレターから時間をおかずに発信人からコンタクトがあったり、窓口設定をすべきと判断してこちらからコンタクトした結果、先方にいわば押し切られる形で面談を設定します。

では、このような事情がないケースの場合、レターに対する回答は必須なのでしょうか。

行儀の良い業界

以前、裁判官出身の弁護士さんから、

弁護士というのは期限を守らないものという常識が裁判所にもありまして、自ら設定した期限を特に理由を明示してくることもなく平気で破ってくるんですよ。 でも、知財の案件では、これが全然事情が異なります。この世界は、皆さん大変真面目で、警告状のやりとりなどでも、勝手に先方から設定された期限であっても、黙って破るなんてことは決してされませんね。延長する場合には、理由をつけて必ず断りを入れますし。こういう業界は他で知りません。全然異質ですね。

とうかがったことがあります。同旨のことを裁判官が研修で述べられたのを聞いたこともあります。確かに、そういう傾向は強いと思います。知財業界。

ところで、この手のオファーレター(警告状)に回答期限が切ってあるかどうかといえば、傾向として、日本の発信人からのものは回答期限が3週間程度に切ってあることが多く、海外のものは、「at your earliest convenience」とされていることが多いようです。

そして、真面目な知財職としては、相手が勝手に切ってきた期限であるにもかかわらず、なんだか自分に義務が発生したような気分になり、反射的に期限内に回答しようとしたり、いつまでが「earliest」だろうと悩んだりしがちです。また、ものの本にも、警告状には回答すべし、とされているものが多いと思います。その理由としては、後に訴訟に至った場合に不利な評価(真摯に対応していない)を受けるリスクがあるということ、訴訟に至らない場合であっても相手の態度が硬化するリスクがあるということが挙げられるようです。

でも、ここでは回答しないことによって得られる利点との比較がなされていません。回答しない利点も考えて比較衡量した上で決めたいものです。

回答しない利点

ライセンスオファーを出してくる発信人の本気度は色々です。しっかりと相手の会社の製品を分析してかなりの確度で実施が疑われるところまで追い込んでいる場合もあれば、かすっていそうな製品を製造販売しているように(Webなどで)見える会社に対して広くレターを出している場合もあるのです。

前者の場合、放置するまでもなく、先方の担当窓口から今後の進め方について詳細な提案が入るのが通常です。海外であっても面談設定に進むことが多いですが、その前に書面のやりとりを挟んだりすることもあります。

後者の場合、広くばらまいてそのうちのいくつかがヒットすれば採算が合う、程度の目論見だったりします。だとすると、再三再四催促したり、その気にさせたりするために脅したりすかしたりするにもリソースやコストがかかりますから、受け身でいても反応してくれる相手の方が好ましいのです。ということは、さほど本気でもない第1回目のレターにきっちり回答することが、ターゲットにされる、優先順位を上げられてしまうことにつながります。

逆に言えば、こうしたタイプのレターに回答しないことで、

  • 回答してきた会社よりも優先順位が劣後する(後回しにされる)
  • 脈がないと諦められる

可能性があります。これらが、回答しないことで得られるかもしれない利点と言えるでしょう。何もしないのにこうした効果が得られるのであれば、とても大きな利点となります。

回答しないときに起こりうるその他のこと

督促

回答しないでいたら必ず諦めてくれるのであれば迷わなくて良いのですが、当然ながらそういうケースばかりではありません。再度レターが来て、もう少しキツめのトーンで回答を督促されるのが可能性としては最も高いと思います。

とはいえ、このように再度レターが来たとしても、たとえトーンがきつめになっているとしても、回答後の展開に差がつくわけではありません。たいていの場合、1回目の回答では「検討中です」として時間を稼ぐものですが、その際に、「検討時間はこれまでに十分取ったはず」と言われることがあるかもしれない、といった程度です。(それに対してもなんだかんだ理由をつけて時間を稼ぐことだってできます)

督促された場合には、残念ながら優先順位を下げてくれたというケースではなかった(=本気度が高かった)と諦めて、回答した方がよいでしょう。再度放置して本気の相手を怒らせるような振る舞いは避けた方が無難です。なにしろ、相手も知財業界の住人ですから、期限を守るのが常識なのです。大抵の日本の警告状には「期限までに回答を頂けなかった場合法的手段に訴える」旨書かれていることが多いですが、本気で訴訟されてしまうかもしれません。

提訴

レターに回答せずにしばらく経過した頃に提訴される、というケースもあります。

ただし、このような初期に提訴される場合は、回答しなかったことが原因で提訴されたというよりも、回答しようがしまいが提訴されただろうというケースがほとんどのようです。一応提訴前に警告した、という形を作っておきたかっただけ、すなわち、「対象特許の存在・侵害であることを知りながら」実施を継続したという主張の裏付けとして利用される場合です(米国において訴訟戦術として行われることがあります)。

本気で提訴してくる場合には、回答が得られなかった場合でも、まずは督促する。それでも無視された、あるいは、まともな回答が得られなかった、ということを契機としてなされるようです。

ということで、初回の回答の有無で提訴されるかどうかは決まらない、すなわち、訴訟に発展するリスクを回答するかどうかの決定要素としては考えなくてよいと思います。

回答するかどうかを左右する要素

レターを見ればわかる?

それでは、回答した方がよいものなのか、放置しても差し支えないものなのかはどのように見極めればよいのでしょうか。レターのここを見たら一目瞭然、というチェックリストでもあればよいのですが、残念ながらレターからはあまりわかることはありません。

とはいえ、米国のPAEが出してくる警告状の中にはあまり出来映えの良くないものがあり、いかにもコピー&ペーストで作りましたというのが透けて見えることがあります。中には、宛先や本文中の会社名や被疑製品が間違っていたりするもの、末尾のccが別の会社の誰かになっているようなもの、など、一見して「使い回し」が明らかなものもあります。こうしたものは、どう見ても、「数打ちゃ当たる」方式で出しているので、放置しても支障はありません。残念ながら、だからといって優先順位が下がる保証があるわけではないのですが。

発信人の素性で本気度を測る

多くの場合、回答するかしないかを判断する上で大きな要素となるのは、発信人の素性です。どんな会社・代理人で、今までどんなことをやってきていているのか。これによって、発信人の本気度がある程度推測できます。そして、本気の相手は、回答しないことによって諦めたりしてくれません。であれば、相手の心証を害するリスクを押してでも回答しない選択をするのは賢明ではないでしょう。

例えば、事業会社であれば、かなりの確度で本気であろうと推測できます。特に競合企業であれば、相当注意してきっちり回答した方がよさそうです。一方で、事業撤退した分野の特許を「投資回収」のために事業会社がライセンスオファーしている場合には、自社の事業を守るためではなく、「お金」が目当てになっていますので、事業会社といえどもPAEと変わらなかったりします。本気の度合いも色々です。

PAEの場合は、広くばらまくタイプが多く、1回2回スキップしても大差ないことが多いのですが、それでも名の知れたところになると、あまりそのまま見逃してフェイド・アウトにはならず、遅かれ早かれしつこく督促される覚悟は要りそうです。また、米国の場合には、PAE自体はコロコロ変わるのですが、PAEがよく使う代理人というのは一定数だったりするので、代理人によっても本気度の見当がつく場合があります。この点は、自社の米国代理人に聞いてみると分かることが多いです。

難しいのは、日本の個人や中小企業が内容証明で警告してきている場合です。このようなケースは、特許の内容を見ると的外れであることも少なくないのですが、本気度はとても高かったりするので、あまり怒らせないように、かつ、断固として、という高度な回答技法が求められたりします。

その他の要素

発信人の素性以外に考える要素としては、対象特許と被疑製品の関連の度合い(純粋に技術的特許的に見てどうなのか、それを主張する場合の強弱はどうなのか)、事業への影響度(被疑製品の売り上げ規模、競合他社への影響)も考えられます。

当然、レターをもらった初期の段階でこれらの検討はしていますので、回答する・しないの意思決定にも何らかの影響はしています。但し、これらが決め手になるというよりは、副次的な要素として考えることもある、という程度のように思います。こうした要素はこちらの本気度合いを示してしまうため、影響が大きそうなので回答する、という姿勢は時に諸刃の剣となる(それほど本気でなかった相手を本気にさせてしまうことがある)ためです。

オファーレター(警告状)に書面で回答する

相対交渉と書面交渉

ライセンスオファーのレターに引き続いて、面談による相対交渉に進む場合について、いくつかエントリを書きました。

相対交渉の始まりとその準備 - 特許の攻撃防御、そして交渉

相対交渉|第1回面談の調整 - 特許の攻撃防御、そして交渉

相対交渉|第1回面談:説明と質疑応答 - 特許の攻撃防御、そして交渉

一方で、書面に書面で回答し、その往復を重ねていく場合もあります。今回は、こうした書面回答のときに気をつけていることについて書いてみます。全体の基本姿勢のようなもので、第1回の回答書面に限りません。

言い過ぎない

基本は、一にも二にも『言い過ぎない』ことです。『あのときの書面でこういわれてますよね?』と突きつけられて戻れなくなる(=言質を取られる)ことを避けるためです。

感情のままに返さない

ライセンスオファーのレターというのは、暗に(明示している場合もありますが)特許侵害を警告しているわけなので、受け取った側から見ると、居丈高で、根拠に乏しく、言いがかりのように見えることが多いものです。

このため、読んでいるうちに、反論したくなることが山ほど出てきて止まらない、となることがあります。

とはいえ、その反論がどんなに正当だとしても、いま相手にぶつけるのが良いのかどうかはよく考える必要があります。反論は、最も効果的なときに出さなくてはもったいないのです。

争点を絞る

また、あれもこれも言いたい点はあるのが通常ですが、争点は選ばないと、百花繚乱的に出したところで話が発散するだけで、書き手として気持ちは収まるかもしれませんが、百害あって一利なしです。

自ら語らない(サービスしない)

争点を絞って、今回の回答では、この点だけを言うことにしよう、と決めてからも、それを巡って考えたことを、つい懇切丁寧に解説したり、聞かれてもいないのに理由付けを一生懸命並べたくなったりもします。でも、これも禁物。言葉を尽くせば尽くすほど、言質を取られるポイントが増え、知らずに自分に落とし穴を掘ったりすることにつながります。

例えば、『分からないので説明してください』といいたいのなら、分からない箇所と依頼の文言だけ書けばよいはずです。自分がこう考えたとかああ考えたとかは不要です。

時には、テクニックとして、自分が持って行きたい方向へ相手を誘導するために、あえてそれっぽいことを書くことはあります。でも下手にやるとやぶ蛇になりますので、よほどの場合でないと控えた方が賢明です。

用語の選び方の基本は『オウム返し』

相手が言ってきたことについて言及するのであれば、通常の業界用語や社内用語に言い替えるのではなくて、その文言そのものをオウム返しにして使いましょう。

言い替えたことが誤解に繋がったり、相手を刺激してしまったりすることもあります。また、この言い替えがこちらの解釈だと主張されて不利になる、言質を取られることにつながることもあります。余分なリスクは取らないのが吉。

相手が『説明資料』と言っているなら、わざわざこちらからこれを「クレームチャート」に言い替える必要はありません。実態はクレームチャートだとしても、当事者間で定義付けがすんでいるとして、『説明資料』で通しましょう。

この原則を徹底して守るためには、複数回のやりとりをしているときに、直前の相手書面だけを見て回答を起案するのは危険です。今回初めての用語だと思っていたら、実は印象に残っていないだけで前々回登場していた、なんてこともあります。全てのやりとりを並べてじっくり眺めて用語選びは慎重に。

回答を作る前にシナリオ作りは必須

もちろん、この回答だけを見ていたらまずいので、これを出したら相手はこう答えてくるだろうから、それに対してこちらはこうかぶせて、すると、その次はこの争点を持ち出してくる可能性が高いから、云々、と今後の数往復分について、3本くらいのシナリオを立てておきたいところです。

このようにシナリオをつくっておけば、あれもこれも一度に盛り込んでしまい、言い過ぎる、ということを防ぐ効果もあります。

相手が意味不明な回答をしてきたら

会社間だとけっこう担当のレベルにばらつきがあるので、何が言いたいかさっぱりわからない文面が飛んでくる、ということは実はわりとよくあります。

とはいえ、ここで受けた印象のままに、意味不明です、と返したところで前進しないのは明らかです。

意味が不明瞭な記載があるということは、たいていの場合、二重三重に意味が取れるということです。そのなかには、こちらに有利な解釈が転がっていることもあります。ということは、意味が不明な文面が来たら逆にチャンスで、自分に有利なことを言ってもらったと解釈し、相手に前言撤回させないように持っていくことを考えましょう。これに対する回答では、

先の書面において、貴社はこのように述べられており、××であるとお考えのことと思量致します

と、念押しをしておきます。そうではない、と反論されることもありますが、その場合には、先に出した言葉の解釈に基づいて行う必要がありますので、反論できる幅が狭くなっており、その分自社側に有利になっているはず。(具体例がないと少々分かりにくいですね)

逆に、自分が不明瞭記載をしてしまうと、同じように追い込まれる危険が高いので、意味不明になっていないかは二重三重にチェックする必要があります。

相対交渉|第1回面談:説明と質疑応答

面談交渉のメンバー

特許のライセンス活動を行う事業会社では、通常、ライセンスの担当者と技術の担当者が別であることが多いようです。会社によって呼び名は色々で、ライセンスと特許技術だったり、知財法務と知財技術だったりします。

技術側の担当は、分野ごとに分かれていることも多く、発明の権利化の担当者と同じであったり、あるいは、以前は権利化を担当していたという経歴であったりすることが多いです。一方で、ライセンス側の担当は、法務系のバックグラウンドを持つ方が多いです。海外の場合、技術系+法律系のダブルマスターが知財専門家であることが多いので、バックグラウンドからするとどちらの担当も同じですが、現在の職掌としてライセンスか技術解析かということになります。

このような担当割りになっていることが多いため、面談交渉のメンバーは、ライセンス側の担当者+技術側の担当者で構成されます。最低2名ですが、対象の特許が複数有り、分野が異なって担当者が複数の場合は、技術側の担当者がその分増えていくことになります。

なお、ライセンスと技術担当を兼ねていれば、一人で交渉の場に臨むことも可能ですが、記録の便宜、場の雰囲気や発言のニュアンスの共有、その場での相談や発言の牽制などのため、複数人を配置することが多いと思います。一人で行うのはリスクが高いと言い換えることもできます。

担当ごとに立場が異なりますので、面談交渉の場での発言も、それに従って行われるのが基本です。技術的な質疑応答であれば技術側が、ライセンスの条件についてであればライセンス担当が、ということです。

説明セッション開始

さて、第1回面談では、資料(クレームチャート)に基づいて、特許権者の技術担当から説明があります。被疑侵害者側としては、基本的に、説明を拝聴することになります。

聞く際の注意の中心は、事前準備した「確認ポイント」です。これは、特許権者が、特許の権利範囲の広さをどう考えているのか、それに基づいて被疑製品がどのように特許を侵害していると考えているのか、これらを理解するためのポイントになっているはずです。説明の中で、それが明らかになったかどうかに特に注意を払って聞いていきます。

場合によっては、クレームチャートを説明されたときに、準備段階で対象特許を読み込んで想定していた幅から外れるような解釈を示されて驚くことがあります。内心、

それはあり得ないでしょ~!!

と思ったりもしますし、脊髄反射的に問いただしたくなることもあるのですが、そこで議論を始めても益はありません。そこは、冷静にメモを取り、後から追及するポイントのリストに加えておきましょう。決して、顔色を変えたり、説明を遮ったり、興奮しないようにしましょう。

あまりに意味が不明な場合は、聞き返してメモを取ったり、軽く理由を聞いたりするのは構いませんが、このような点は、無理筋で権利の範囲を広げてきている場合も多いため、こちらがこの点に引っかかっていることを先方に教える結果になるのは避けたいところです。

質疑応答セッション

一通りの説明が終わると、

分からないところがあれば、さらに詳細に説明させて頂きますので、どうぞご質問下さい。

と言われます。質疑応答のセッション開始です。

質問で明らかにしたいのは、(1)元々用意していた「確認ポイント」での確認点の残り(=疑問点)の解消、(2)説明を聞いていた間に新たに生じた疑問点、の2種類になります。(2)の疑問点は、(あ)(1)への追加の性質を持つもの(=先方の解釈を明らかにするためのポイント)と、(い)単純な疑問の2つに分かれます。

ここで重要なのは、のちの議論に繋がってくるであろう、(1)と(2)(あ)です。(2)(い)については、解消しておいた方が気持ちはすっきりしますが、大勢に影響がない場合も多いです。互いに軽く応酬ができ、緊張をほぐす効果もあるので、とりあえず、(2)(い)の質問で場をつなぐ、ということをやったりします。

メンバーの誰かが場をつないでいる間に、「確認ポイント」について得られた結果のメモをおさらいし、先方の解釈が明らかになったかどうか確かめます。

大まかに言って、ここで明らかになった権利範囲についての解釈は、(1)通常の技術用語としての解釈から考えて、ごく一般的なもの。明細書にも、それを限定するような記載はないので、反論も難しい、(2)クレームの文言の辞書的な意味は確かにそうかもしれないが、特許明細書から読み取れる発明の特徴から考えると、出願時にそこまで想定されていたとは考えられない。広すぎる。もっと限定的に解釈されるべき。の2種類に分けられます。

そして、被疑侵害品については、(a)WEB上の製品説明や、製品そのものを見れば把握できる特徴、(b)製品の内部を分析したり、動作させて確認できる特徴、(c)これらの結果から推測できる特徴、が示され、それを権利範囲の各要素にあてはめていることが多いです。被疑製品の分解や動作分析はそれなりに大変なので、表面的なものにとどまっていることも多く、自社の製品としてその仕様を分かっている側から見ると、まるで見当外れであることも少なくありません。

「確認ポイント」によって、上記の各要素が明らかになっていれば、大体目的は達成されています。とはいえ、説明だけで全てが明らかになっていることは多くはなく、不明な点が残っていることが通常なので、残っている疑問点をぶつけていきます。さらに、(2)の解釈になっているところについては、明細書上のサポートを質問の形で要求することもあります。

なお、質疑応答セッションでは、「反論」は行いません。反論への土俵を整えるために、認識を共有するのが目的です。このため、例えば被疑製品について的外れな解釈を示されていても、「それは違う」と指摘することはせず、「どのような理由や根拠でそう考えられたのでしょうか?」と聞いておきます。そこを確かめた上で、反論のステージに入ったときに、実際は違うこと、その理由を示すという順序になります。

また、説明の中で、想定を超える解釈を示されてメモを取った点については、ここで質問しておきます。これも、反論にならないように注意しながら、「なぜそのように考えるのか」を詰めて聞いていきます。

交渉は、質問から既に始まっている

質疑応答の際の注意点として、以下の3点を挙げておきます。

(A)反論せず『純粋に』質問する

(B)反論のための材料が得られる質問をする

(C)再反論が不能な回答が得られる質問をする

(A)は、質疑応答のはずが反論・再反論という意見の応酬になり、水掛け論や泥沼化を避けるために重要な注意点です。なにしろまだ初回です。十分な検討はしていないのです。ここで軽々意見を述べてもよいことはありません。『分からないので質問しています』というスタンスを貫けば、この段階ではこちらの考えを述べることなく、先方の考えだけを引き出すことができます。

(B)は、特に、こちらに不利な解釈をされているところについて、その理由を明らかにさせることが中心になります。理由がわかれば、それを潰していけばよいわけで、闇雲に反論するのではなく、ポイントを絞っておく方が賢明です。

(C)は、『言質を取る』ための質問です。そして、あくまで質問であり、こちらの意見は一切述べなくてよい段階なので、質問の仕方によって、先方に警戒されずに自社に有利な回答を引き出すことも可能です。ただ、意図が分かってしまうと、答えてもらえないこともありますし、『あくまで例です』とか逃げられたりも。

特に、(B)や(C)の質問については、相手に警戒されないようにすることが重要です。そのために、あまり意図のない、単純な質問を取り混ぜたり、解釈にはあまり影響のなさそうな、純粋に技術的な観点からの質問をしたり、多少のテクニックめいたこともします。このあたりは、交渉に臨むメンバーの間で、役割分担をしておく、というのも有用です。

次回は

初回の面談時に、説明の後で行う質疑応答は、事前に資料を受け取っていない中で行っていることが多いため、資料と説明を咀嚼した上でもう少し質問させて欲しい、とすることが多いと思います。特に、上記の(B)や(C)の質問は、練り込んだ上で行わないとうまく出てこないこともありますので、検討時間が欲しいところです。

ということで、第2回の面談を設定します。前回も書いたように、被疑侵害者側としては、特にこの後のセッションをさせてほしい、という訳ではないのですが、特許権者側は熱心に『次回の日程を』と言われます。大体1ヶ月~1ヶ月半後に設定することが多いです。

第2回の面談時には、質疑応答の続きをすることになりますが、この場合、事前に質問をお送り頂ければ準備ができますので、是非、と言われることもあります。また、質問だけでなく、ご意見もお聞きしたい、と言われることもあります。このあたりは、対象特許や被疑製品の数にも依ります。検討すべき対象が多いとそれだけ分析に時間がかかるため、なかなか『ご意見の開陳』にまでは至りません。