特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

スジをつかむ

事件のスジを類型とパラメータで考える

特許侵害事件(Patent Infringement Case)は、傾向として、3つに類型化できます。(1)言いがかりに近いもの(Nuisance)、(2)それなりにまともなもの(Credible)、(3)ガチでヤバいもの(Sophisticated)。

もちろん、境界線が明確に引けるわけではなく、(2)よりの(1)とか(3)、(1)や(3)寄りの(2)というのもありますし、ボーダーの上、という評価になるものもあります。

それぞれの事件がどのカテゴリーに入るのかは、(a)相手の素性、(b)対象特許(群)の力、(c)舞台がどこか、の3つのパラメータの掛け算でおおよそ決まるように思います。最も重要なのは(b)ですが、それだけで決まるものではなく、(a)や(c)の要素の影響も大きいため、忘れずに見ておく必要があります。

例えば、(a)事業会社が、(b)その技術分野の基本特許群を複数国で持っており、(c)ワールドワイドでの決着を望んでいる、となれば、(3)関連する事業の存亡にかかわる事態となります。

他方、(a)PAEが、(b)文言上は広いけれども無効資料がありそうな特許1件を、(c)米国地方裁判所で訴えており、他国に対応特許はない、となると、(1)小金集め目的の可能性が高そうです。

また、それぞれのパラメータは独立ではなく、相互に関連しています。

カテゴリーによって、適切な対応は異なります。達成すべきゴールが異なり、それに伴って、取るべき手段、かけられる費用と人員(工数)も異なります。ざっくり言えば、(1)ではできるだけ費用や工数をかけずに解決すること。(2)では、合理的な範囲に収まるように、納得感がある解決を図ること。(3)では、事業への影響を見極めて事業として最適となる解決を図ること。となりましょうか。

カテゴリーの異なる事案に同じ方法を採っていては、オーバースペックで費用倒れになったり、関係事業の損益に打撃を与える結果となったりする可能性もありますので注意が必要です。

このため、事件が発生したら、闇雲に手立てを打とうとするのではなく、初期の段階で、その事件がどのカテゴリーに入るのか当たりをつけ、今後の進行を予想しておく、すなわち、事件のスジを掴んでおくことが重要になります。

(a)相手の素性を掴む

ここで、「素性」という言い方をしているのは、それが誰かというだけではなく、どんな目的を持って動いているのかということを含めたい意図です。

個人か法人か。

まずは、基本事項として、個人なのか、法人(企業体)なのか。

個人の場合は発明者であることが大半ですが、そうなのか(これは、対象特許の基本調査と合わせて確認します。)。

法人(各国で定義が色々ですが、ここでは、個人ではない団体くらいで緩く捉えておきます)の場合、会社なのか、その他の団体(典型的には、米国のLLC(組合))なのか。

主たるビジネスは何か。

何をして食べているのか、ということです。これは、相手の目的、本件でどのように行動してくるのかを予想するバックグラウンド情報となります。

発明者個人の場合、独立した研究者であったり、引退された方であったり、ライセンスで稼いでいる方であったり、色々です。個人の場合は、WEBで検索すると、それなりの結果が得られることが多く、これまでの研究歴や発表歴、発明者として取得した特許等が分かります。経歴から、どういったタイプなのかも見当をつけます(研究者肌だろう、とか)。

会社(Corporation)の場合は、事業会社なのかどうか。

事業会社の定義も色々ですが、ここでは、自ら特許を使ってものづくりをする製造業なのか、研究開発と開発成果のライセンスをビジネスとしているのかを見ます。これが行動様式に影響するためです。

かつては製造業であったけれども、その事業を売却して現在は研究開発のみを行っている企業もありますし、研究開発も売却してライセンスビジネスだけが残っている場合もあります。対象特許が自社発明なのか、他者から調達したものかも、主たる事業を見るために付随的に確認します。並行して(b)を行いますので、自然に判明します。

確認の方法としては、まずはその会社のウェブサイトで事業内容や製品をチェックします。上場会社であれば、決算書類やIR情報をざっと見ます。日本の場合には、登記簿を取り寄せたり、帝国データバンク等の信用調査を利用することもあります。

特許侵害の訴訟原告や警告元で米国のLLCの場合は、確実に特許のマネタイズが主事業です。最近では、LLCが設立も解散も簡単なことを利用してか、対象となる特許ごとに別のLLCを設立して、その件が終結すると解散するという形も増えています。

本件での相手の目的は何か。

警告状(オファーレター)の場合は、ある程度はその文面から目的の推測がつきます。ニュースや相手のウェブサイト、WEBの検索結果からも推測できることもあります。

発明者個人の場合には、お金が目的のタイプと、ビジネスを一緒にやりたい(技術を採用した製品を世の中に出してもらいたい)タイプがあります。

上場会社の場合であれば、決算書類を見ると、その会社の現在の状況も分かりますので、本件の目的も見えてくることがあります。一般的には、本業が好調な時よりも、不調になっている時の方が保有特許を利用した開発投資の回収(=マネタイズ)へのプレッシャーは強くなります。また、関連事業を撤退している場合には、その事業にかけた開発投資の回収=マネタイズで精算する意図だろうと推測できます。

舞台が米国の場合は、相手のこれまでの訴訟実績も調べます。相手の名称や対象特許の番号を使います。継続的に存在している企業体であれば、今回の対象特許に限らずこれまでの訴訟実績が出てきます。今回の特許のための企業体の場合は、その特許での訴訟実績を見ておきます。既に手続が進行していたり、和解になっていることもあります。これらから、目的を推測していきます。

米国での訴訟実績には、PACER(Public Access to Court Electronic Records)を使うことで、誰でもアクセスが可能です(但し有料)。記録が電子的に公開されていますので、PACER自体でなくても、PACERを利用してウェブサービスをしているサイトもありますし、ニュースサイトでもある程度の情報収集が可能です。

最近の特許侵害係争は、マネタイズの割合が増していますが、競合を排除したり、類似品の出現を防止したりする本来の使い方がなくなったわけではありません。相手が競合であれば、ビジネス上の競争の状況についても事業部門にざっとヒアリングしておきます。市場でのポジションを有利にするための手段のひとつとして特許侵害を持ち出している可能性があります。

代理人は誰か。

相手の代理人についても、「素性」に含めて考えます。

特に米国の場合には、PAE側の代理人はいつもPAE側に立っており、現地の弁護士に聞くと、PAE側代理人として著名な事務所、というのもいくつもあるようです。

舞台が米国訴訟の場合、解決に向けて交渉する相手は代理人になりますので、交渉相手としてどのようなタイプなのかを押えておくと、この先のケースの進み方の予想がつきます。

例えば、PAEばかり、それも根拠の薄い(1)のタイプのケースを代理している弁護士は、小金集めが目的とはっきりしているため、訴訟の超早期に和解を持ち出して妥結する傾向があります。

日本の場合も、代理人として弁護士や弁理士名になっているときには、その方のこれまでの実績をあたったり、評判を聞いたりして、ケースの進め方を予想しておきます。

(b)対象特許(群)の力を評価する

基本情報を押さえる

特許の基本事項を、各国特許庁のデータベースを利用して調べます。特許番号、出願日、登録日、権利満了の(予定)日。中には満了している特許の場合もあります(過去分のみの請求)。維持年金は支払われているか(権利は存続しているのか)。権利者は誰か。

これらは、概略は特許公報を見れば分かりますが、登録後の権利の移転や維持状況はわからないため、日本であれば登録原簿を閲覧します。米国であればAssignment Searchで調べます。どの国でも、権利になるまでのデータベースと権利化後のデータベースは別立てになっていることが多いようです。

権利者が誰か、権利の移転経緯とともに押えておき、(a)の相手の素性の調査に含めておきます。

対象特許の広がりを押さえる

次いで、対象特許の広がりを押えます。分割出願や継続出願(米国)、対応外国特許までを含んだ特許ファミリー、関連技術でポートフォリオになっているのなら、その全体感。このケースでどこまでを射程に考えればいいのか。

初動の段階で、個別の特許の詳細まで読み込む必要はありませんが、不意打ちにならないように、どのくらいの規模のケースなのかは見ておきます。特許ファミリーは、商用データベースでは図示ができるようになっているものが多いですし、欧州特許庁のデータベース(ecepacenet)でも調べることができます。こちらの解説がわかりやすいと思います。

複数の特許が対象特許として原告/警告元から挙げられている場合、これらが同一の特許ファミリーに含まれている場合と、ファミリーは別だが関連技術である場合の両方があります。後者の場合には、それぞれの特許ファミリーを見ておきます。

対象特許の概要を押さえる

(ア)まず、対象特許をざっと見て感触を掴みます。

  • 発明の特徴は?
  • どんな課題を解決しようとしたものなのか?
  • 発明の背景として、その頃の技術常識はどういうものだったのか?
  • 出願当時に発明者が想定していたのはどんなものだったのか?

(イ)次に、これらを踏まえて、発明の技術思想としての中核を押さえます。可能であれば、その中核概念を言語化します。明細書や特許請求の範囲の文言にとらわれず、一般的な用語で捉えておけばOKです。

発明の特徴・中核概念や発明者の想定は、被疑製品との距離感を計ったり、有効性の感触を持つ前提となります。権利範囲は特許請求の範囲の文言で決まりますから、絶対ではないですし、固執すると危険でもありますが、感触として持っておくと、自社のポジションを確立し、ぶれないようにするためのアンカーになります。

(ウ)最後に、特許請求の範囲(クレーム)の文言を読みます。

初めに、発明の特徴から考えると、発明者が権利として取りたかったのはこのあたりなのだろう、という読み方をします。

次に、発明の特徴を一旦脇に置いて、文言だけを純粋に読むと、どこまで広くなり得るかを考えます。特許権者の側は、たいていの場合文言上最も広く捉えたものを主張してきます。発明当時から技術も進歩しています。どこまでが射程になり得るかは最も論争になるところです。特許請求の範囲の文言から、技術論争の予想をざっくり立てておきます。

特許と被疑製品の距離感を捉える

(ア)発明の特徴との関係で考えたときの距離

相当近いと考えられる場合から、何が関係しているのかさっぱりわからないケースまで広がりがあり得ます。

(イ) クレームを文言だけ純粋に読んだときの距離

明細書に書いてある発明の実態とは違うがクレーム文言だと当たりそうというケースもあります。

(ア)と(イ)の両者の間に結論が落ち着くと考えておけばよいでしょう。

特許の有効性の感触を持つ

対象特許の概要を捉えたときに、中核概念を抽出しましたので、これをキーワード化し、WEBサーチをかけて、その技術が最初に出てきた時代を特定し、その後の流れをざっくり追いかけます。

対象特許の出願日を、技術の流れの中に位置づければ、無効資料がありそうかどうかがざっと予想できます。流れの中で相当早い方であれば、有効性は堅い=無効主張は難しいだろうと予想がつきます。

(c)舞台がどこかを考える

舞台がどこか、というのは、基本的には、どの国なのか、ということです。また、訴訟手続なのか、そうでないのか、ということも含まれます。

原告や警告元がどの国の人(企業体)なのか、対象特許がどの国のものなのか、訴訟になっているのであれば、どの国のどの裁判所に訴えられているのかで判断します。

訴訟手続であれば、その国の法規に従って遂行する必要があります。また、裁判権は、国境に縛られますから、たとえ特許権が複数の国に存在しているとしても、訴訟手続としてはその国の中に限られます。ファミリー特許で複数の国で個別に訴訟になる可能性もあります。

一方、正式な裁判上の手続でなく、当事者間の話であれば、国を跨いで柔軟に話をすることもできます。このため、訴訟から始まって和解交渉になると、その対象特許の国だけでなく、複数国に舞台が広がることもあります。逆に、ワールドワイドで交渉していて話がまとまらないと、どこか一国を舞台として選んで提訴されることもあります。この場合には、その訴訟を梃子として交渉を進めようと考えていることが多いでしょう。

舞台がどこかは、解決にかかる費用に直結します。米国での訴訟手続となれば、高額の費用がかかりますが、損害賠償や和解金の範囲は米国での販売のみが対象となります。一方、複数国に関係特許を多く持っている特許権者とワールドワイドでライセンスを結ぶことになれば、解決金は多数国向けの製品を対象として計算されますから多額にのぼる可能性があります。

従って、解決に向けたコストを考えていく上で、舞台がどこか、(現在の舞台はどこで、今後変わる・広がる可能性があるのか)は初動の段階で押さえておく必要があるのです。

いつまでに行うのか

あくまでケースの「スジをつかむ」ための調査ですから、早期に完了させることが重要です。社内の関係部門や経営層からも、「どんな感じになりそうなのか」は始まってすぐの頃から問われることが多いでしょう。

目安としては、発生してから1~2週間で完了しておくのがよいと思います。この段階で正確な分析は不要で、概略の方向性が見えればOKです。気になり出すとどんどん深く調べたくなってしまうものですが、詳細になりすぎて時間がかかってしまうことに注意した方がよいでしょう。