特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

技術思想としての発明を捉える

発明の文脈

特許は、明細書・図面と特許請求の範囲(クレーム)から成っています。明細書とクレームは、言葉で表現されています。

特許の対象は発明です。発明は、特許法に定義されている通り、技術思想です(特許法2条)。

この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

技術は累積的に進歩し、一つの方向に収束していく性質がありますので、似たような時期にあちこちで同種の発明がなされることがごく普通です。特許制度も公開を義務付けることによりこれを促進しています。

発明は技術思想であるため、必ず技術の発展経緯の中に位置付けられます。その文脈から逃れられない宿命を負っています。

技術思想である発明を理解するためには、その特許の明細書に書かれたことを読むだけでは不十分です。それまでのその技術の流れ・同時代の技術常識の文脈に置いてみることで、なぜそのような発想が出てきたのか、発明者がなにをトライしていたのかなどの事情が見えてきて、本質が理解できるようになります。

技術の発展経緯を調べる

対象特許の技術分野の発展経緯を追うには、引用特許マップを使うのが早道です。

出願人による引用

特許の出願人は、出願の際、従来技術として文献を上げることが義務づけられています。この義務づけの程度は、国によってかなり異なり、日本では導入も遅めでしたし、それほど厳しい義務ではありません(特許法36条4項2号・48条の7:平成14年9月1日施行)。

第三十六条  特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。

4  前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。

二  その発明に関連する文献公知発明(第二十九条第一項第三号に掲げる発明をいう。以下この号において同じ。)のうち、特許を受けようとする者が特許出願の時に知つているものがあるときは、その文献公知発明が記載された刊行物の名称その他のその文献公知発明に関する情報の所在を記載したものであること。

 

第四十八条の七  審査官は、特許出願が第三十六条第四項第二号に規定する要件を満たしていないと認めるときは、特許出願人に対し、その旨を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えることができる。

一方、米国では、特許性に影響すると出願人が考えるものは、Information Disclosure Statementとしてすべて提出しなければならず(37 CFR 1.56(a))、出願人にとってかなり重い負担となっています。その分、米国では第三者は特許の関連文献を豊富に入手することができ、その分野の技術的発展を追うことが容易にできます。

審査過程における引用

また、特許の審査過程では、審査官が先行技術を調査し、技術の進歩・産業の発展に寄与するかを新規性・進歩性の観点から審査します。先行技術からの距離が足らないと考えれば、その先行技術を引用して拒絶理由(特許と認められない理由)を通知します。拒絶理由通知の中で引用された文献(公開公報などの特許文献が中心ですが、学術論文や雑誌記事、Webなどの非特許文献も含まれます)を引用文献や引例と呼びます。

引用文献の調査

近年は、このような、出願時に引用されたり、審査過程で挙げられた引用文献が容易に入手できるようになってきています。Common Citation Document (CCD) では、1つの特許から派生するファミリー(優先権を主張されている、分割出願や継続出願、国際出願の各国展開など)について、日本、米国、欧州、国際出願事務局(WO)での引用文献を一覧できます。

商用のデータベースであれば基本機能として引用特許マップが含まれています。CCDのタイムライン表示を使っても、引用文献により技術の流れを追いかけることができると思います。

引用特許マップで技術の発展経緯を追いかける

引用特許マップでは、対象特許を中央に、前後(左右)に、対象特許が引用している文献(出願人による引用文献・審査時の引用)、対象特許を引用した文献が並びます。引用文献が少なく被引用文献が多ければ、その分野では初期の発明に該当しますし、逆であれば成熟してきてからの発明であり、おそらくは細かい改良だろうと見当がつきます。両方が多い場合は、その技術分野が盛り上がっていた頃の発明だろうというわけです。

技術の発展経緯の概略をつかむには、引用されている文献の幾つかをざっと読んでいきます。複数読むことで、どんなことが課題になっていて、それに対してどのような解決がなされてきたのかを、ピンポイントではなく幅や塊で捉えることができます。そして、その中でも中心的な課題を取り上げている文献について、さらにそれが引用している文献に遡って見てみます。

これを繰り返していくと、その分野の萌芽に行き着くことができます。引用文献の数自体少なくなり、さらに、分野の異なるものしか引用されないようになって来るのです。ここまでいくと、おそらくは、この時点が始まりの頃だろうと特定できます。

このように遡って来ることで、発展の流れを年代とともに描くことができるようになります。おおよその年代とその中心課題が何だったのか。大きな課題が解決されれば、さらに改良すべき点が出てくるのが技術の発展の王道です。

このような全体の流れが描ければ、その中のどこに対象特許が位置付けられるのかも自然に分かります。発展段階の初期のものなのか、技術が盛り上がっていた(課題が多かった)頃のものなのか、一通り主な課題が出尽くして解決され、ニッチな課題が出てきている時期のものなのか。

対象特許の位置付けが有する意味

対象特許が技術の発展経緯の中でどこに位置付けられるのかが掴めると、クレームの文言上の限定要素が辞書上の意味に加えてどのような背景をもっているものなのか、何を解決していて、どこを権利として狙っていたのかが見えてきます。

特許請求の範囲に書かれた文言は、そのまま読むととても広い範囲を含むことが多くあります。そして、権利範囲はその文言で特定されているので、その純粋な文言のみを武器として充足論を立ててくるのが特許権者の主張となるのが通常です。これが最も広く被疑製品を含むためです。

被疑侵害者側としては、そのような広い意味で権利行使されたのでは困りますから、そもそもの発明の趣旨に返って権利の範囲を限定していくことを行います。その際に直接の根拠となるのは出願書類や審査経過ですが、根本的な基礎は技術思想としての発明の持つ意義にあり、その観点で見た場合にこうした意味になる、それが出願書類や審査経過上のこの文言に表れている、という主張になってきます。

また、その周囲に同様の発明が存在しそうかどうかの見当もつくようになります。相当初期の段階の発明であれば、無効資料を見つけるのはかなり難しい。逆に中期の発明であるのに扱っている課題が大きいものであれば、似たような発明がもっと前に出ている可能性があります。

中期・後期では、課題や解決手段がピンポイントになりやすく、そうしたものは案外文献に言及がないものが多いため、これまた見つかりにくいものです。

技術の発展経緯を追う中で、いくつかの文献を読んでいると、相当近い文献を対象特許の出願日の近辺に見つけることがあります。さらに、出願日より早い公開日を持つものにも出会うことがあります。強い無効資料が見つかるケースでは、このような簡易調査の中で見つかっていることが多いものです。