特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

強弱感をスコアリングする

特許侵害訴訟・警告を受けた場合、初動段階でだいたいの類型化を行い、どんな「スジ」のケースなのかの見通しを立てます。

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すると、これはどのくらいの勝率なのか?と聞かれることがあります。数値で答えるのは非常に難しくて勘弁してほしいと思う一方で、なんらかの強弱感(どの程度強気に出られるのか)は持っているのが通常です。この強弱感(ポジション判断と呼んでいます。)を元に、解決にかけられるリソースやコストを考えていきます。

勝訴・敗訴の決定要因となるのは侵害判断と特許無効判断ですが、これらは、明らかに侵害⇔非侵害、明らかに無効⇔有効の間に広大なグレーゾーンが広がり、解釈の余地が大きいため、定性的な評価になりがちです。

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定性的評価のままでは、案件間の比較がしにくく、対応方針を決める基準も立てにくいため、侵害と判断される確度、特許の有効性の確度、としてそれぞれスコアリングを行います。スコアリングすることで、両者の掛け算を行うと、数値が高い方がよりリスクが高い、という程度のことは言えるようになります。順序を逆にして勝てる可能性を数値の大きさで示したり、さらにその最大値を100にすることも可能ですが、勝率に直結して考えられるのも困りますので、あえて行いません。

ここでは、それぞれ5段階で評定します。スコアリングの基準は以下のようなものですが、これが絶対と言うほどではなく、おおよその目安程度に考えています。案件ごとに判断がぶれないように注意します。

侵害とされ得る確度の5段階

5 文言上も技術上も完全に範囲内

4 文言上(広いため)は範囲内に入る

3 属さない主張は可能だが、どちらに転ぶかはわからない

2 構成要件が欠落しているが、一見して分かりにくい

1 構成要件の欠落が一見して理解できる

特許の有効性の確度の5段階

5 非常に早いので無効にするのは無理

4  ピンポイント過ぎて無効資料が見つかりそうにない

3  やってみないとわからない

2  無効主張のための個々のパーツはおそらく揃うが、組合わせた場合の主張が弱いかも

1  無効審判・IPRが組める程度に資料が揃い、主張が組める

 

以下、侵害とされ得る確度、特許の有効性の確度のそれぞれのスコアについて、概略を説明していきます。

侵害とされ得る確度

ここでは、権利範囲(特許請求の範囲)に技術的に属するかどうかで判断していきます。

判断手法の基本は、特許請求の範囲を要素に分解し(分解したものは、構成要件と呼ばれます)、それぞれの構成要件に該当するものが被疑製品に存在するかどうかを確認します。全てが該当する場合に、その被疑製品は対象特許の権利範囲に属します。1つでも非該当の構成要件があれば、属しません。

5 文言上も技術上も権利範囲に入る

技術思想として発明を捉えるというエントリを書きましたが、そのようにして捉えた発明の特徴から考えても、かつ、権利範囲に書かれた文言上からしても、被疑製品の構成がズバリ範囲に入ってしまうものです。

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その分野の基本技術であって、権利の範囲が広い場合には、どうしようもなく、反論も、回避も難しいということもあり得ます。技術標準規格の必須特許認定を受けているもので、規格準拠のために実施が義務付けられている事項に関するものも、ここに入ってきます。

なお、標準必須特許(Standard Essential Patent : SEP)については、各標準化団体がIPRポリシーを出しており、その定義に従いますが、多くの場合、標準には実施が義務付けられている事項とオプショナルな事項とがあり、多くの場合、どちらを実施するにしても必須特許とされるので、要注意です。

パテントプール団体からのライセンスオファーもここに入ってきます。個別に争う余地がないわけではありませんが、相当労力がかかります。

一方で、技術がある程度発展してきた後で、妙に広い範囲で権利が成立してしまった特許の場合もあるので要注意です。審査の過程で見過ごされていたり、そもそも無審査の実用新案などではあり得ます。この場合には、無効の確度が高くなるはずなので、そちらで主張するのがメインになってきます。

4 技術思想としては異なるが、文言上は権利範囲に入る

文言が、とても広い形で書かれており、明確な定義や限定がなされていないまま成立している特許があります。明細書を読んでみると、技術分野が異なっていて、技術思想として発明を捉えると、被疑製品とどこが関係しているのかさっぱり分からないというものもあります。

構成要素の数自体が少ないこともありますし、数が多くてもあたりまえの構成ばかりが連ねてあり、ポイントになるところは非常に少なく て広いこともあります。

IT系、ソフトウェア系にはありがちでなのですが、どうとでも取れるものすごく広い用語を多用して特許請求の範囲が表現されていることもあります。

テクニカルタームが確定していないの で仕方がない面もあるのですが、発明時の背景事情や技術的前提を全部とっぱらって純粋にその文言だけを見てみると、それは発明の特徴では既になく、その分野では至極あたりまえの構成ではないで しょうか。というものになっていたりします。

このようなタイプは、出願経過やその当時の技術常識を示す資料を提示して、文言をその発明の文脈に沿った解釈に合意させる必要があります。また、そこまで広く解釈すると、たいていの場合は無効資料が存在するはずなので、併せて主張していくことになります。

解釈が適切なところに落ち着き、無効主張が認められてくれば良いのですが、それまでは特許は有効で、文言上は権利範囲に入ってしまうため、特に初動段階では苦労します。

3 属さない主張は可能だが、どちらに転ぶかはわからない(構成要件の対応づけが弱い)

特許請求の範囲を構成要件に分解し、個別の構成要件について充足しているかどうかを◯×△でつけてみると、◯が並び、所々△になるイメージです。

なぜ△になるかと言えば、その要件の機能は概ね実現されているが、特許請求の範囲の文言で規定されているような形態ではないことがあるため、判断者によって属否の判断にぶれが出るからです。

例えば、技術の進歩によって発明当時の技術的な制約とか前提が現在では該当しなくなっている ケース。典型的には当時ハードウェアだったものが今ではソフトウェアになっているもの。半導体の集積化が進んで回路が複数で構成されていたのが1つ のチップの中に全部入ってしまい、複数の要素がどれがどっちでという対応付けが困難なもの。発明者は発明当時に想定していなかったのでしょうが、技術の発展の中で当然にそうなってきている。これは、権利の範囲に含まれるべきなのか?一律にYesともNoとも言えず、ケースバイケースになるでしょう。

発明の技術分野とは異なるけれど、機能としては同等、という場合もあります。機能をどの程度抽象化して理解するかで充足・非充足の判断が違ってきます。

目的や課題は異なるけれども、構成(解決手段)が同じというタイプもあります。違うところから出発して同じゴールに到着してしまうということで、発明の詳細な説明を読むと、発明者が想定していたこと、文脈はまるで異なります。しかし、解決原理を突き詰めていくと、別の目的にも利用できる。分野が違うのが通常なので、その分野の通常の開発者(いわゆる当業者)がそこに辿り着けるのかという問題に行き着くのかもしれません。

このようなタイプは、技術思想としては異なるため、権利範囲に属すると考えるのに抵抗があります。関係者に説明しても、発明の特徴と異なるため、納得感が薄いのです。とはいえ、文言が広いというものでもなく、特許請求の範囲の書き方が上手いというだけの話でもないのです。光の当て方が違うとでも言いましょうか。

技術思想としての発明の適切な範囲に収まるように、明細書の記載を使って限定解釈するべきと主張はしていきますが、そこまで限定する意義が見出せないと判断されることも多いように思います。

このため、このタイプは、非侵害の主張としてはあまり強くない、という判断になります。

2 構成要件が欠落しているが、一見して分かりにくい

上述のように、特許請求の範囲を構成要件に分解して個別に充足・非充足を見てみると、×がつくところがあります。が、そのような構成要件になってしまっているのは、発明当時の技術的制約のためであるとも言えます。個別の構成要件の重みには軽重があるため、軽い構成要件に×がつくといってもあまり通りにくいということもあります。

機能(処理のステップ)を構成要件として規定しているタイプでは、処理の手法が異なるため、被疑製品側にぴったり当てはまるものが存在しないことがあります。

こうした場合、構成要件を充足するものは確かに欠落しているのですが、一つ前と一つ後の要素が充足していることで、当然その間の要素も充足していると見られる場合があります。

例えば、インプット とアウトプットが共通していて、その間の処理を行うものが構成要素なのだが、ぴったり当て嵌まるものが特定できないため、インプットとアウトプットがある のだから当然その中間のものは存在すると括るような主張があります。

構成要件が欠落しているのだから、権利範囲には入らない、と言いたいところですが、裁判所(あるいは陪審)で明確にそう認めてくれるかというと、自信が持てない、といった感触になります。

1 構成要件の欠落が一見して理解できる=誰が見ても明らかに非侵害

上述したように、特許という仕組みの大前提として、その権利範囲に入るかどうかは、権利範囲を構成するすべての要素を満たしているか否かで決まります。1つの要素でも欠落していれば、権利範囲には入りません。

従って、侵害を主張してくるのであれば、当然ひととおりの構成要件を満たしている形は作ってくるのが最低限のように思いますが、そうとばかりは言えず、どう好意的に見ても一部の欠落があきらかというケースは存在します。

また、構成要件が処理のステップの場合、詳細に解析しないと被疑製品の処理内容が不明なため、外見で同様の作用効果が出ているように見えればひとまず侵害を主張して、異なる場合は被疑侵害者側に反論させればよい、というスタンスで来られる場合もあります。

特許の有効性(堅牢性)の確度

特許が成立しているということは、既に特許庁で審査が行われた結果、有効とされているわけです。ですから、有効性の確度というよりも、その有効性をどれだけ揺さぶることができるのかという意味で堅牢性とでも言えましょうか。

対象特許が無効と判断されるには、(1)その特許をつぶすための資料(無効資料といいます)=対象特許の出願日以前に公開されている文献(公知文献)や、出願日以前に既に製品化されるなどして公に実施されていたことを示す資料(公用資料)がどれだけ入手でき、かつ、(2)見つかった無効資料を使ってどれだけ説得的な主張が組めるかどうかにかかっています。なお、特許が無効となる理由は他にもありますが、この段階では新規性や進歩性の観点からしか判断しません。

従って、有効性の角度は、資料の入手の観点から決まる段階と、資料が入手できた後の主張の強弱の観点から決まる段階とに分けられます。スコアの5〜3は、入手の困難性の観点であり、2と1は、主張の強弱の観点です。

(1)無効資料の見つかりやすさ

対象特許が、技術の発展経緯のどの段階に位置付けられるのかでおおよそ見当がつきます。「技術思想として発明を捉える」のエントリにて、その技術分野の発展経緯の中で対象特許がどの段階に位置付けられるのかを書きました。特許の有効性についての確度判断には、このような位置づけの把握が不可欠になります。

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(2) 主張の強弱|どれだけ説得的な主張が組めるか

対象特許と一致点の存在する先行技術に当たったら、一致点と相違点を明らかにして、ピックアップします。すべての要素が一致点になれば、その文献1つで新規性がない主張ができますが、多くの文献は、複数の一致点はあるが、相違点も複数あるものです。

全ての構成要件が、何かしらの先行技術で埋められる状態を、「個々のパーツが揃った状態」と呼んでいます。対象特許によっては、どうやってもパーツ自体が揃わないものもあります。

次に、一致点の数が多い文献から並べてみて、最も対象特許に近い文献(主引例と呼びます)を選定し、さらに、相違点を埋める副引例をピックアップします。

相違点の数が多いほど、そして、それを埋めるために使う副引例の数が増えるほど、組合せは困難になってきます。

2つまでの副引例に抑えたいところですが、いくつかの候補が見つかっている場合が多いのですが、組合せの容易さを基準に評価するとそれぞれ長短があります。メインの副引例で大体埋めておき、些細な残りの構成要件がをサブの副引例でさらっと埋めるくらいにできれば、割と主張としては行けそうです。

5  非常に早いので無効にするのは無理

その技術分野の発展経緯の中で相当初期になされた発明に該当する場合です。出願日の近辺に同系統の文献は散見されるものの、同時期に研究がなされていたことが分かるだけで、無効資料となるほど早い日付をもった文献は存在しないケースです。パイオニア発明に当たるタイプともいえましょうか。

このような発明では、特許の出願日から数カ月以内に関連する文献が集中していることが往々にしてあります。同時期に同じような研究が行われるという技術研究開発の性質がよく出ていますが、無効資料を収集する観点ではあまりありがたくありません。

こうなると、発明としては確かに早いので、無効で戦うのはほぼ無理という結論になります。

4  ピンポイント過ぎて無効資料が見つかりそうにない

技術の発展経緯の中では中期・後期の発明にありがちですが、限定が非常にピンポイントになされて成立している特許があります。発明の詳細な説明に書かれている実施例に限定されていると思われるような場合も多いです。こうした場合、権利範囲は狭くなり、回避も容易なことが多いのですが、実は、事実上なんらかの要因で、普通に実装するとそのようになってしまうということがあり、回避困難という場合もあるのです。

こうしたケースでは、限定がピンポイントであるだけに、解釈で権利範囲から外れると主張するのは難しい。そこで、無効主張ができないかを検討しますが、今度は、ピンポイント過ぎて、そのような記載がなされている文献が見当たらないことが多いです。記載自体をキーワードに入れて探しても、そのままの文言ではなかなかヒットしません。かといって、それを概念化して探すのも難しい。常識的な記載の場合もあるのですが、技術常識すぎてそのままの形で記載が見当たらないという場合もあります。特許文献よりも、その分野の雑誌や論文などの非特許文献を当たって相当する記載がないか探すことが多いですが、直接的な記載がなく、読み取れると言えば読み取れるけれど、反論されると弱い程度の記載しかみつからないことが多いように思います。

このようなケースは、案外特許として強力です。回避も難しく、無効資料も見つかりにくい。狙ってこのような権利を取るのは難しいのですが、当たると痛いパターンですね。

3  やってみないとわからない

技術の発展経緯を調べていくと、結果的に簡易な無効資料調査をしていることになりますが、その段階であまり近いものが見つからず、本格的に調査をする必要があるケースです。

これまでの経験では、簡易調査の段階である程度近いものが見つかっておらず、本格的に探していい無効資料が見つかるということは稀です。ワールドワイドの非特許文献を含むサーチなど、普段自分でやらない範囲を指定してやってみて見つかることに期待する、分類が異なるところから発見されることに期待することになります。

近い文献は、対象特許と異なる特許分類が付与されていることが案外多いのです。

また、対象特許が米国特許の場合、審査では日本語や中国語の文献はサーチされていないことが大半なので、これらを中心に探すと見つかることもあります。

いずれにしても、時間とコストをある程度かけることが前提で、かつ、やってみないと結果の保証が全くないという意味で、この段階では中立的な評価となります。

2  無効主張のための個々のパーツはおそらく揃うが、組合わせた場合の主張が弱いかも

簡易調査の段階で、一致点のある文献がいくつか見つかっている場合です。対象特許が掲げている課題は珍しいものではなく、同種の課題を持って解決を志向した先行事例が同じ分野の中に複数ありそうです。

このような状況なら、個々のパーツを揃えるのはさほど難しくはないでしょう。

ただ、既に見つかっている資料の中で、相違点が1~2しかないような「主引例」に相応しいものが選定できない場合があります。複数の資料があるけれども、どれも、一致点と相違点の数が拮抗していたりします。

主引例と対象特許の間に相違点が3つ以上あり、それを埋めるために3つ以上の資料が必要ということになると、組合せが容易とは言いにくくなってきます。

主引例との相違点は1つ2つで、副引例1つでその全てが埋められそうに見えるけれど、組み合わせること自体が自然かについて主張が弱い場合もあります。分野が遠いとか、課題が逆向きだったりして、組合せを思いつかないような事情(阻害要因と言います)がある等です。

1  無効審判・IPRが組める程度に資料が揃い、主張が組める

簡易調査の段階で、主引例に相応しい、一致点の多い資料が見つかっており、相違点についても複数の資料で埋められそうな場合です。

組合せの困難性についても、分野が共通し、課題も近いなど、特に阻害要因も見当たらない。

あまり気になるところがなく、これなら自信を持って無効審判やIPRに行けそうだという感触を持てるものというタイプです。