BLJ 連載の第2回(2015年1月号)は、「陪審裁判と陪審および裁判地選択が結果に与える影響」でした。
BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 01月号 [雑誌]
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陪審裁判が及ぼす影響
米国では、憲法上の権利として、陪審審理を受ける権利が保障されています。特許侵害訴訟では、陪審審理は特許権者に有利と考えられているようで、PAEが提起する特許侵害訴訟では、例外なく陪審審理が請求されます。このため、被疑侵害者側としては、最終的には陪審を説得しなければならないことを念頭に事案を評価する必要があり、その前提で方針を立てます。
記事に挙げられている陪審裁判の特徴は、以下のようなものです。
訴訟の対象となっている技術が難しいため、一般人には理解しにくい。
事実に当てはめるためには特許法を理解する必要があるが、特許法自体が難しい。特に、最も問題となりやすい非自明性(日本の特許法の進歩性に相当)を短期間に理解して適用するのは相当困難。
特許庁の審査を経ている特許は有効であると考える傾向がある
個別の争点よりも、どちらの当事者が正しいかを判断する傾向がある
分かりやすい説明に流れる傾向がある
予測可能性が低い
陪審による事実認定の難しさ
陪審審理が請求されているといっても、陪審が行うのは事実認定のみと決まっています。一方、法律判断は裁判官が行います。
両者の境界は、明確でないところもあるようですが、現在のところ、侵害判断の基礎となる特許請求の範囲(クレーム)の解釈は、法律判断とされ、裁判官が行います。他方、解釈されたクレームに被疑侵害品が含まれるのかどうかは(属否の認定)事実の問題とされ、陪審が行います。
さらに、特許の有効性についても、その基礎となる事実認定は陪審が行うということになっているようで、大半が陪審に判断されているようです。なお、特許の有効性判断が陪審マターなのかについては、興味深い論文が紹介されていました。
属否を判断するためには、特許の技術内容と、被疑製品の技術内容の両者を理解する必要があります。技術者でない一般人から構成される陪審に技術内容を理解してもらうのはかなり難しく、陪審審理では双方代理人が説明に工夫を凝らします。分かりやすくするために、説明が極端になることもあります。どれほど工夫しても、例えば目に見えないものを理解してもらうのは相当困難です。
さらに、有効性の判断となると、争点となるのは通常非自明性です。これは、ざっくり言えば、対象特許の出願日よりも前に公開されていた技術に基づいて、通常の、その分野の技術者が思いつくかどうか、ということです。対象特許に加えて、先行技術(複数の場合が多い)の内容を理解し、その分野の通常の技術者がどんな理解度なのか(技術常識)を想定し、その上で、対象の発明に至るのが自明なのか困難なのかを判定する。専門家である特許庁の審査官や特許弁護士にとっても難しく、判断が割れる点なのです。それを短期間に素人が判断する(裁判官から説示はありますが)のは、非常に難しいのは当然です。
どのように認定が行われるのか
人間の通常の傾向として、難しいことを判断するように迫られると、相当と考えられる簡単な判断に置き換えて考えることが知られています(行動心理学。以下の書籍などを参照)。
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陪審の場合でも、そのような判断になるのは無理からぬところでしょう。普段やらないようなことを要求されるので、自分でも気がつかずにそうなってしまうことはとてもありそうです。
実際のところ、陪審判断では、個別の争点(属否の構成要件のそれぞれの充足性や、先行技術と発明の認定、一致点や相違点、容易相当性など)よりも、どちらの当事者が正しいかという判断に置き換えて決定する傾向があると記事において指摘されています。また、分かりやすい説明に流れる傾向もあるそうです。
陪審審理を念頭に置いた訴訟方針
これらを総合すると、陪審審理で勝ちを取るには、相当分かりやすい事案であることが必須であると言えます。非侵害であれば、分かりやすい構造や構成(目に見えるものが望ましく、目に見えないなら、分かりやすく図解で説明できる、近い比喩ができるなど)で、その構成要件の一部が欠落していることが誰にでも納得できるレベル。無効であれば、そっくりの先行技術ができれば複数見つかる。細かい争点に入らなくても良い。
細かい争点で争うのは、専門家同士ではありですが、陪審判断では負け筋です。裁判官の判断でも、技術的な専門家とは言えないため、特に有効性の判断では技術的専門家である特許庁の無効審判制度( Inter Partes Review:IPR)が好まれるようになっていると言えるでしょう。
こうした陪審審理の被告不利な点は、陪審審理を受ける権利が憲法上保障されているということもあって、特段の手立ては打たれていないようです。但し、今の特許侵害訴訟における陪審審理のあり方が米国特許訴訟の歴史の中でずっとそうだったかというとそうでもないようで、特に有効性判断についてはもっと対象を狭くする道もあるのではという問題提起がされています(上記に引用したLamely教授の論文など)。その点を争う事案が最高裁に上がればあるいは、という感じですね。
それまでの間は、被疑侵害者としては、上記の陪審の傾向を頭において対応方針を立てていくことになります。これまでも行われていますが、できるだけクレーム解釈で有利に持ち込み、陪審裁判ではなく裁判官による略式判決(サマリージャッジメント)で非侵害判決を狙う。特許の有効性は裁判ではなくIPRで行うというのが王道になるでしょう。実際にもそのように進んでいる訴訟が多いと思います。特にAIAで導入されたIPRは、すごい勢いで請求が増えています。
裁判地の選択が及ぼす影響
PAEが好む裁判地
よく知られているように、PAEが好む裁判地は、テキサス東地区が1番、デラウェアが2番です。この2つに限らず、上位にランクインする裁判地は、原告に有利な判決が出やすく、陪審審理(トライアル)に行きやすく、さらに、トライアルまでの期間が短い(手続の進行が速い)として知られています。
記事中に、2013年の裁判地ランキングが掲載されていますが、テキサス東とデラウェアが突出しています。この2つは、日常的に提訴情報を見ていてもすぐに分かるくらい多いのです。
移送の申立 (motion to transfer)
最近の傾向として、PAEは、移送の申し立てに抵抗するためか、テキサス州でLLCを設立していることが増えています。
被告の方は、テキサス州に本社がある企業はあまり多くない(被告になることが多い有名企業ではDellの本社がテキサス州にあります)ので、被告とされた場合にまず考えるのは、できるだけ被告に有利な判決が出そうな裁判地へ移送を申し立てることです。
そして、IT系の企業は、本社がカリフォルニア州にあることが多く、また、カリフォルニア州北地区などは、比較的被告有利とされていますので、ここへの移送申立がよく行われます。
移送を認めるか認めないかは、裁判官の裁量が大きく、以前は、特にテキサス東地区は移送を認めないことで有名でした。移送申立はしてみるものの、ほとんど駄目元という感じが強かった印象があります。却下された件がとても多かった。記事でも言及されているTS Tech事件の後、ようやく、テキサス東でも徐々に認められるケースが増えてきています。
AIA施行による被告の制限の影響
AIA前は、数十社がまとめて被告として訴えられることが珍しくありませんでした。同じ特許の侵害であればまとめてOKだったのです。
その関係で、被告に色々な企業が入っていると、移送する理由が付けづらいということもあったように思います。数十社の全てが同じ地域に本社を持っているわけではありませんから。
AIAの成立後、特に関係のない企業をまとめて1つの訴訟の被告とすることができなくなりました。1つの企業グループで1訴訟です。これによって、PAE側の手間が増えるため、訴訟を起こされる被告の数が減ることが期待されていましたが、米国の訴状は大変簡素でかつ訴訟の提起にかかる手数料が安いため、単純にコピーペーストで訴状を量産して被告数分の訴訟を提起するようになっただけと言われています。(このため、訴状のコピペミスによる間違いも珍しくありません)。体感的には、多少減ったように思いますが、いずれにしてもそれほど劇的な効果はありませんでした。
移送申立の観点で言えば、被告企業数が減った(というか、自社だけになった)ことで、申立の理由が明確になり、申立はしやすくなったと言えます。このため、AIA後には劇的に移送申立の数が増えるかと思っていたのですが、予想に反してさほどでもありませんでした。
一方で、PAEは、コピペした訴状により同日または数日間で複数の被告を同じ特許の侵害で訴えていますので、審理の便宜のため、裁判所の裁量でTrial前までの手続は併合されることが通常になっています。また、AIA前には、共同被告間で共同防衛のためのグループ(Joint Defense Group)が結成されるのが通常でしたが、AIA後も、同じ特許で訴えられた被告間で同様にグループが結成されることが多いようです。このグループの中で、無効資料調査を分担し、主張を組み立て、IPRの申立を検討し、また、クレーム解釈を検討して行きます。
移送されるケースの増加
AIA施行後に移送申立がそれほど劇的に増えなかったのは、このような審理の併合や共同防衛グループ結成の事情も関係しているのでは、と思っていたのですが、最近になって、申立が行われて、また、それが認められるケースが増えている印象です。以前と異なり、個別に事情がある企業のみが移送を申立、認められて行きますので、手続の併合が一部に止まったりしています。共同防衛グループには移送後もとどまることもありますし、裁判地ごとにグループを結成することもあるようです。
裁判地が異なると、手続の進行にも差が出ますし、クレームの解釈にも差が出てくる可能性があります。まだ、そのようなケースはあまり出てきていないようですが、今後は、複数の裁判所での結果を見てCAFCへ上訴することも行われていくのだろうと思います。
なお、現在特許侵害訴訟の対抗策として申し立てられるIPRの数の多さを見ると、複数の裁判所で手続が進行する前に特許庁でIPRの手続が開始されて裁判手続が停止される可能性も高いです。
今後の流れ
いずれにしても、以前に比べて裁判地の選択は被告にとって柔軟になってきていると感じられます。今後、特定の原告有利な裁判地にスタックしてしまい、不利な結果予想を念頭に不本意な和解をせざるを得ないといったことは減少していくと思います。