特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

相対交渉|第1回面談:説明と質疑応答

面談交渉のメンバー

特許のライセンス活動を行う事業会社では、通常、ライセンスの担当者と技術の担当者が別であることが多いようです。会社によって呼び名は色々で、ライセンスと特許技術だったり、知財法務と知財技術だったりします。

技術側の担当は、分野ごとに分かれていることも多く、発明の権利化の担当者と同じであったり、あるいは、以前は権利化を担当していたという経歴であったりすることが多いです。一方で、ライセンス側の担当は、法務系のバックグラウンドを持つ方が多いです。海外の場合、技術系+法律系のダブルマスターが知財専門家であることが多いので、バックグラウンドからするとどちらの担当も同じですが、現在の職掌としてライセンスか技術解析かということになります。

このような担当割りになっていることが多いため、面談交渉のメンバーは、ライセンス側の担当者+技術側の担当者で構成されます。最低2名ですが、対象の特許が複数有り、分野が異なって担当者が複数の場合は、技術側の担当者がその分増えていくことになります。

なお、ライセンスと技術担当を兼ねていれば、一人で交渉の場に臨むことも可能ですが、記録の便宜、場の雰囲気や発言のニュアンスの共有、その場での相談や発言の牽制などのため、複数人を配置することが多いと思います。一人で行うのはリスクが高いと言い換えることもできます。

担当ごとに立場が異なりますので、面談交渉の場での発言も、それに従って行われるのが基本です。技術的な質疑応答であれば技術側が、ライセンスの条件についてであればライセンス担当が、ということです。

説明セッション開始

さて、第1回面談では、資料(クレームチャート)に基づいて、特許権者の技術担当から説明があります。被疑侵害者側としては、基本的に、説明を拝聴することになります。

聞く際の注意の中心は、事前準備した「確認ポイント」です。これは、特許権者が、特許の権利範囲の広さをどう考えているのか、それに基づいて被疑製品がどのように特許を侵害していると考えているのか、これらを理解するためのポイントになっているはずです。説明の中で、それが明らかになったかどうかに特に注意を払って聞いていきます。

場合によっては、クレームチャートを説明されたときに、準備段階で対象特許を読み込んで想定していた幅から外れるような解釈を示されて驚くことがあります。内心、

それはあり得ないでしょ~!!

と思ったりもしますし、脊髄反射的に問いただしたくなることもあるのですが、そこで議論を始めても益はありません。そこは、冷静にメモを取り、後から追及するポイントのリストに加えておきましょう。決して、顔色を変えたり、説明を遮ったり、興奮しないようにしましょう。

あまりに意味が不明な場合は、聞き返してメモを取ったり、軽く理由を聞いたりするのは構いませんが、このような点は、無理筋で権利の範囲を広げてきている場合も多いため、こちらがこの点に引っかかっていることを先方に教える結果になるのは避けたいところです。

質疑応答セッション

一通りの説明が終わると、

分からないところがあれば、さらに詳細に説明させて頂きますので、どうぞご質問下さい。

と言われます。質疑応答のセッション開始です。

質問で明らかにしたいのは、(1)元々用意していた「確認ポイント」での確認点の残り(=疑問点)の解消、(2)説明を聞いていた間に新たに生じた疑問点、の2種類になります。(2)の疑問点は、(あ)(1)への追加の性質を持つもの(=先方の解釈を明らかにするためのポイント)と、(い)単純な疑問の2つに分かれます。

ここで重要なのは、のちの議論に繋がってくるであろう、(1)と(2)(あ)です。(2)(い)については、解消しておいた方が気持ちはすっきりしますが、大勢に影響がない場合も多いです。互いに軽く応酬ができ、緊張をほぐす効果もあるので、とりあえず、(2)(い)の質問で場をつなぐ、ということをやったりします。

メンバーの誰かが場をつないでいる間に、「確認ポイント」について得られた結果のメモをおさらいし、先方の解釈が明らかになったかどうか確かめます。

大まかに言って、ここで明らかになった権利範囲についての解釈は、(1)通常の技術用語としての解釈から考えて、ごく一般的なもの。明細書にも、それを限定するような記載はないので、反論も難しい、(2)クレームの文言の辞書的な意味は確かにそうかもしれないが、特許明細書から読み取れる発明の特徴から考えると、出願時にそこまで想定されていたとは考えられない。広すぎる。もっと限定的に解釈されるべき。の2種類に分けられます。

そして、被疑侵害品については、(a)WEB上の製品説明や、製品そのものを見れば把握できる特徴、(b)製品の内部を分析したり、動作させて確認できる特徴、(c)これらの結果から推測できる特徴、が示され、それを権利範囲の各要素にあてはめていることが多いです。被疑製品の分解や動作分析はそれなりに大変なので、表面的なものにとどまっていることも多く、自社の製品としてその仕様を分かっている側から見ると、まるで見当外れであることも少なくありません。

「確認ポイント」によって、上記の各要素が明らかになっていれば、大体目的は達成されています。とはいえ、説明だけで全てが明らかになっていることは多くはなく、不明な点が残っていることが通常なので、残っている疑問点をぶつけていきます。さらに、(2)の解釈になっているところについては、明細書上のサポートを質問の形で要求することもあります。

なお、質疑応答セッションでは、「反論」は行いません。反論への土俵を整えるために、認識を共有するのが目的です。このため、例えば被疑製品について的外れな解釈を示されていても、「それは違う」と指摘することはせず、「どのような理由や根拠でそう考えられたのでしょうか?」と聞いておきます。そこを確かめた上で、反論のステージに入ったときに、実際は違うこと、その理由を示すという順序になります。

また、説明の中で、想定を超える解釈を示されてメモを取った点については、ここで質問しておきます。これも、反論にならないように注意しながら、「なぜそのように考えるのか」を詰めて聞いていきます。

交渉は、質問から既に始まっている

質疑応答の際の注意点として、以下の3点を挙げておきます。

(A)反論せず『純粋に』質問する

(B)反論のための材料が得られる質問をする

(C)再反論が不能な回答が得られる質問をする

(A)は、質疑応答のはずが反論・再反論という意見の応酬になり、水掛け論や泥沼化を避けるために重要な注意点です。なにしろまだ初回です。十分な検討はしていないのです。ここで軽々意見を述べてもよいことはありません。『分からないので質問しています』というスタンスを貫けば、この段階ではこちらの考えを述べることなく、先方の考えだけを引き出すことができます。

(B)は、特に、こちらに不利な解釈をされているところについて、その理由を明らかにさせることが中心になります。理由がわかれば、それを潰していけばよいわけで、闇雲に反論するのではなく、ポイントを絞っておく方が賢明です。

(C)は、『言質を取る』ための質問です。そして、あくまで質問であり、こちらの意見は一切述べなくてよい段階なので、質問の仕方によって、先方に警戒されずに自社に有利な回答を引き出すことも可能です。ただ、意図が分かってしまうと、答えてもらえないこともありますし、『あくまで例です』とか逃げられたりも。

特に、(B)や(C)の質問については、相手に警戒されないようにすることが重要です。そのために、あまり意図のない、単純な質問を取り混ぜたり、解釈にはあまり影響のなさそうな、純粋に技術的な観点からの質問をしたり、多少のテクニックめいたこともします。このあたりは、交渉に臨むメンバーの間で、役割分担をしておく、というのも有用です。

次回は

初回の面談時に、説明の後で行う質疑応答は、事前に資料を受け取っていない中で行っていることが多いため、資料と説明を咀嚼した上でもう少し質問させて欲しい、とすることが多いと思います。特に、上記の(B)や(C)の質問は、練り込んだ上で行わないとうまく出てこないこともありますので、検討時間が欲しいところです。

ということで、第2回の面談を設定します。前回も書いたように、被疑侵害者側としては、特にこの後のセッションをさせてほしい、という訳ではないのですが、特許権者側は熱心に『次回の日程を』と言われます。大体1ヶ月~1ヶ月半後に設定することが多いです。

第2回の面談時には、質疑応答の続きをすることになりますが、この場合、事前に質問をお送り頂ければ準備ができますので、是非、と言われることもあります。また、質問だけでなく、ご意見もお聞きしたい、と言われることもあります。このあたりは、対象特許や被疑製品の数にも依ります。検討すべき対象が多いとそれだけ分析に時間がかかるため、なかなか『ご意見の開陳』にまでは至りません。