回答は必須??
ライセンスオファーのレターに引き続き面談による相対交渉に進む場合について、また、レターへの書面回答の際の心得についてエントリを書きました。
相対交渉|第1回面談:説明と質疑応答 - 特許の攻撃防御、そして交渉
オファーレター(警告状)に書面で回答する - 特許の攻撃防御、そして交渉
相対交渉の始まりのエントリで書いたように、レターをもらった側としてはミーティングを好んでやりたいわけではありません。当初のレターから時間をおかずに発信人からコンタクトがあったり、窓口設定をすべきと判断してこちらからコンタクトした結果、先方にいわば押し切られる形で面談を設定します。
では、このような事情がないケースの場合、レターに対する回答は必須なのでしょうか。
行儀の良い業界
以前、裁判官出身の弁護士さんから、
弁護士というのは期限を守らないものという常識が裁判所にもありまして、自ら設定した期限を特に理由を明示してくることもなく平気で破ってくるんですよ。 でも、知財の案件では、これが全然事情が異なります。この世界は、皆さん大変真面目で、警告状のやりとりなどでも、勝手に先方から設定された期限であっても、黙って破るなんてことは決してされませんね。延長する場合には、理由をつけて必ず断りを入れますし。こういう業界は他で知りません。全然異質ですね。
とうかがったことがあります。同旨のことを裁判官が研修で述べられたのを聞いたこともあります。確かに、そういう傾向は強いと思います。知財業界。
ところで、この手のオファーレター(警告状)に回答期限が切ってあるかどうかといえば、傾向として、日本の発信人からのものは回答期限が3週間程度に切ってあることが多く、海外のものは、「at your earliest convenience」とされていることが多いようです。
そして、真面目な知財職としては、相手が勝手に切ってきた期限であるにもかかわらず、なんだか自分に義務が発生したような気分になり、反射的に期限内に回答しようとしたり、いつまでが「earliest」だろうと悩んだりしがちです。また、ものの本にも、警告状には回答すべし、とされているものが多いと思います。その理由としては、後に訴訟に至った場合に不利な評価(真摯に対応していない)を受けるリスクがあるということ、訴訟に至らない場合であっても相手の態度が硬化するリスクがあるということが挙げられるようです。
でも、ここでは回答しないことによって得られる利点との比較がなされていません。回答しない利点も考えて比較衡量した上で決めたいものです。
回答しない利点
ライセンスオファーを出してくる発信人の本気度は色々です。しっかりと相手の会社の製品を分析してかなりの確度で実施が疑われるところまで追い込んでいる場合もあれば、かすっていそうな製品を製造販売しているように(Webなどで)見える会社に対して広くレターを出している場合もあるのです。
前者の場合、放置するまでもなく、先方の担当窓口から今後の進め方について詳細な提案が入るのが通常です。海外であっても面談設定に進むことが多いですが、その前に書面のやりとりを挟んだりすることもあります。
後者の場合、広くばらまいてそのうちのいくつかがヒットすれば採算が合う、程度の目論見だったりします。だとすると、再三再四催促したり、その気にさせたりするために脅したりすかしたりするにもリソースやコストがかかりますから、受け身でいても反応してくれる相手の方が好ましいのです。ということは、さほど本気でもない第1回目のレターにきっちり回答することが、ターゲットにされる、優先順位を上げられてしまうことにつながります。
逆に言えば、こうしたタイプのレターに回答しないことで、
- 回答してきた会社よりも優先順位が劣後する(後回しにされる)
- 脈がないと諦められる
可能性があります。これらが、回答しないことで得られるかもしれない利点と言えるでしょう。何もしないのにこうした効果が得られるのであれば、とても大きな利点となります。
回答しないときに起こりうるその他のこと
督促
回答しないでいたら必ず諦めてくれるのであれば迷わなくて良いのですが、当然ながらそういうケースばかりではありません。再度レターが来て、もう少しキツめのトーンで回答を督促されるのが可能性としては最も高いと思います。
とはいえ、このように再度レターが来たとしても、たとえトーンがきつめになっているとしても、回答後の展開に差がつくわけではありません。たいていの場合、1回目の回答では「検討中です」として時間を稼ぐものですが、その際に、「検討時間はこれまでに十分取ったはず」と言われることがあるかもしれない、といった程度です。(それに対してもなんだかんだ理由をつけて時間を稼ぐことだってできます)
督促された場合には、残念ながら優先順位を下げてくれたというケースではなかった(=本気度が高かった)と諦めて、回答した方がよいでしょう。再度放置して本気の相手を怒らせるような振る舞いは避けた方が無難です。なにしろ、相手も知財業界の住人ですから、期限を守るのが常識なのです。大抵の日本の警告状には「期限までに回答を頂けなかった場合法的手段に訴える」旨書かれていることが多いですが、本気で訴訟されてしまうかもしれません。
提訴
レターに回答せずにしばらく経過した頃に提訴される、というケースもあります。
ただし、このような初期に提訴される場合は、回答しなかったことが原因で提訴されたというよりも、回答しようがしまいが提訴されただろうというケースがほとんどのようです。一応提訴前に警告した、という形を作っておきたかっただけ、すなわち、「対象特許の存在・侵害であることを知りながら」実施を継続したという主張の裏付けとして利用される場合です(米国において訴訟戦術として行われることがあります)。
本気で提訴してくる場合には、回答が得られなかった場合でも、まずは督促する。それでも無視された、あるいは、まともな回答が得られなかった、ということを契機としてなされるようです。
ということで、初回の回答の有無で提訴されるかどうかは決まらない、すなわち、訴訟に発展するリスクを回答するかどうかの決定要素としては考えなくてよいと思います。
回答するかどうかを左右する要素
レターを見ればわかる?
それでは、回答した方がよいものなのか、放置しても差し支えないものなのかはどのように見極めればよいのでしょうか。レターのここを見たら一目瞭然、というチェックリストでもあればよいのですが、残念ながらレターからはあまりわかることはありません。
とはいえ、米国のPAEが出してくる警告状の中にはあまり出来映えの良くないものがあり、いかにもコピー&ペーストで作りましたというのが透けて見えることがあります。中には、宛先や本文中の会社名や被疑製品が間違っていたりするもの、末尾のccが別の会社の誰かになっているようなもの、など、一見して「使い回し」が明らかなものもあります。こうしたものは、どう見ても、「数打ちゃ当たる」方式で出しているので、放置しても支障はありません。残念ながら、だからといって優先順位が下がる保証があるわけではないのですが。
発信人の素性で本気度を測る
多くの場合、回答するかしないかを判断する上で大きな要素となるのは、発信人の素性です。どんな会社・代理人で、今までどんなことをやってきていているのか。これによって、発信人の本気度がある程度推測できます。そして、本気の相手は、回答しないことによって諦めたりしてくれません。であれば、相手の心証を害するリスクを押してでも回答しない選択をするのは賢明ではないでしょう。
例えば、事業会社であれば、かなりの確度で本気であろうと推測できます。特に競合企業であれば、相当注意してきっちり回答した方がよさそうです。一方で、事業撤退した分野の特許を「投資回収」のために事業会社がライセンスオファーしている場合には、自社の事業を守るためではなく、「お金」が目当てになっていますので、事業会社といえどもPAEと変わらなかったりします。本気の度合いも色々です。
PAEの場合は、広くばらまくタイプが多く、1回2回スキップしても大差ないことが多いのですが、それでも名の知れたところになると、あまりそのまま見逃してフェイド・アウトにはならず、遅かれ早かれしつこく督促される覚悟は要りそうです。また、米国の場合には、PAE自体はコロコロ変わるのですが、PAEがよく使う代理人というのは一定数だったりするので、代理人によっても本気度の見当がつく場合があります。この点は、自社の米国代理人に聞いてみると分かることが多いです。
難しいのは、日本の個人や中小企業が内容証明で警告してきている場合です。このようなケースは、特許の内容を見ると的外れであることも少なくないのですが、本気度はとても高かったりするので、あまり怒らせないように、かつ、断固として、という高度な回答技法が求められたりします。
その他の要素
発信人の素性以外に考える要素としては、対象特許と被疑製品の関連の度合い(純粋に技術的特許的に見てどうなのか、それを主張する場合の強弱はどうなのか)、事業への影響度(被疑製品の売り上げ規模、競合他社への影響)も考えられます。
当然、レターをもらった初期の段階でこれらの検討はしていますので、回答する・しないの意思決定にも何らかの影響はしています。但し、これらが決め手になるというよりは、副次的な要素として考えることもある、という程度のように思います。こうした要素はこちらの本気度合いを示してしまうため、影響が大きそうなので回答する、という姿勢は時に諸刃の剣となる(それほど本気でなかった相手を本気にさせてしまうことがある)ためです。