特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

相対交渉|第1回面談の調整

担当窓口の設定

事業会社からのオファーレターは、特許権者の知財部門の長の名前で発信されることが多いですが、末尾に担当者の名前と連絡先(電話とメールアドレス)が書かれていることが通常です。

レターの宛先は、社長であったり、知的財産部長だったりします。海外企業からの場合、社長宛に1通、General Counsel宛に1通を同送してくる、というパターンが多いでしょうか。日本の企業の場合、日本知的財産協会に加盟しているところが多いので、会員名簿を検索して、会員代表宛に送られてくることもあります。

特に、社長や役員宛にレターが来ており、面談を希望している旨が書かれていると、その先の連絡が続けて社長宛に入ってしまうことになりかねず、それを避けて窓口を明らかにするために、実際に面談日程の調整に入るかどうかは別として、先方担当宛にメールを入れておくことが多いです。

逆に、知財部門やGeneral Counsel宛のレターは、窓口設定の必要性が薄いので、とりあえずしばらく放置して様子を見ることもあります。複数社にレターを発信している場合、最初に反応のあった企業から攻める、ということもよく行われるため、みずからターゲットになりに行く行動は避けたい、という理由もあります。

とはいえ、日本企業から知財部門宛にレターが来ている場合、日本知的財産協会の名簿からこちらのダイヤルインの番号も分かっていることが多いため、しばらく放置していると電話で請求を受けることが多いです。こうなると、中々逃げづらいので、とりあえず、面談設定の調整に入ることになります。

どのくらい先の日程を設定するか

ここで、面談日程をどのくらい先にするのか、というのも考えどころです。被疑侵害者にとっては、面談を行うこと自体も、それを早く片付けることも、特に有益なところはないので、できればやりたくありません。先延ばししているうちに相手が諦めて引き下がってくれる(連絡してこなくなる)のが最もありがたいのです。

とはいえ、あまり先の日程を設定すると、

十分お時間がありましたから、調査・検討頂けましたよね?

となり、こちらの見解を面談中に求められる可能性があります。最初からそれではスピードアップしてしまい、結論を出すタイミングが早まってしまいます。初回には「まだ調査に着手したばかり(あるいは、準備中で着手もできていません)なので、今後調査・検討した上で、回答させて頂きます」としておきたいところです。

ここで、こうした特許の権利範囲に属するか否か(属否)についての調査検討には、最低1ヶ月の期間がかかる、というのが業界の常識というか相場観になっています。複雑なので特に長期間が必要、と理由付けして2ヶ月、というところでしょうか。全体感を検討する初動の段階、さらに詳細な検討を要する段階、と粒度の違いはありますが、どの段階でも「検討して回答を用意する」には1ヶ月、という目安があるようです。

このため、面談日程の調整は、1ヶ月を超えないで、ぎりぎり遅いところを狙います。通常は、3週間先の週のどこか、という形に持っていきます。先方の都合が悪いようであれば、翌週あるいは前週になります。

事前送付された資料の検討は?

前回のエントリで述べたように、通常、相対交渉の第一回は、特許権者からの説明セッションです。対象特許と被疑製品の関係を、クレームチャートに沿って特許権者が説明していきます。クレームチャートは、事前にメールなどで送られてくることもありますが、当日持参されその場でプレゼンの後、資料一式としてデータを送られることも多いです。

相対交渉の始まりとその準備 - 特許の攻撃防御、そして交渉

資料が当日になるのは、初回は説明だけで済ませる予定で、相手からの質問・反論は受けたくない、という場合もあるのでしょうが、単純に、面談当日を目指して資料を準備していて、ぎりぎりまで間に合わなかった、ということも多いようです。事前に送付される場合も、前日であったり、当日会議の1時間前だったりすることもあるくらいです。

事前に資料が送付されていたとしても、先に述べたように、十分な検討時間が取れているとは言えないため、

まだこちらの意見を述べることができるだけの検討ができておりません。

として、説明を拝聴するスタンスで臨めばよく、先方も、検討結果を強く求めてくることはありません。

相対交渉の始まりとその準備

ライセンスオファーのレター

他社から特許侵害を主張される場合、いきなり訴訟になることも(特にアメリカでは)ありますが、事前にレターが来ることの方が多いです。このレターは、代理人弁護士の名前で来ることもあれば、特許の所有者(特許権者)から直接来ることもあります。

こうしたレターに

貴社製品が当社特許を侵害していますので直ちに製造販売を止めて下さい

とまで書かれていることは多くはなく、

貴社製品は、当社特許を利用されており、当社からのライセンスが必要ではないかと思います。ついては、その条件について話し合いましょう

のようなライセンスオファーの形をとることが多いです。

打合せの設定

そして、このようなオファーレターに引き続き、特許権者の方とミーティングの設定に進むこともあります。相対(あいたい)交渉ですね。

被疑侵害者と目されている側としては、ミーティングを好んでやりたいわけではありませんが、たいていのオファーレターには、誠意を見せないと法的手段に訴える、とやんわり書かれていますし、アポイントを求める電話がかかってくることもあります。打合せの場を設けた方がよい、という判断になることも少なくありません。

相対交渉の始まり

最初のオファーレターの中に、詳細な主張が含まれていることは稀です。権利を主張する対象特許の番号と名称、侵害品と特許権者が考えている製品の名称や型番が入っている程度で、なぜその製品が特許を使っているのか、という点についてはあまり触れられていないのが通常です。

そして、特許権者の方は、打合せの場を設けたい、という理由として、

貴社製品と特許の関係についてご説明した上で、ライセンスの条件を提示させて頂きたい

といわれます。ここまではっきり言われずに、

今後の進め方についてご相談したい

などとオブラートにくるんで言われることもありますが、意図としては変わりません。

ということで、相対交渉の始まりは、特許権者の方からの説明ということになります。

クレームチャート

第一回の打合せで、特許権者からは、特許の権利範囲に被疑製品が属する理由を説明した「クレームチャート」が示されて、その内容について説明されることが通常です。

なお、特許の権利範囲は、英語でclaimと呼ばれ、日本語では「特許請求の範囲」となります。長いので、日本語でも「クレーム」と称することが多いです。「クレームチャート」は、左に特許請求の範囲の文言、右に被疑製品、と並べて表の形で作るため、「チャート」=表と言われます。

第一回は、このような説明セッションですが、被疑侵害者側としては、説明をお聞きするだけで特に準備なしで臨む、というわけでもありません。

先方の主張を予想して反論を考える

この段階では、特許権者側の主張の詳細が分かっているわけではありませんが、特許と被疑製品は特定されていますので、なぜそのように主張されるのかの予想を立てていきます。特許権者になったつもりで主張するとどうなるか、というものです。

併せて、そのように主張されたら、どのような反論が可能か、ということも考えていきます。

このように、先方主張の予想とそれに対する反論を1セットで考えていきますが、先方主張はあくまで予想なので、幅を持たせます。解釈可能な限界まで特許の権利範囲を広く捉えたらどうなるか、それに対してどう反論するのか。反論に対して再反論しやすい程度に納めてくるとしたらどのような主張になるか。それに対してはどう反論するのか。

権利の範囲は複数の要素で成り立っており、主張と反論のポイントも複数になることが多いです。相互に関連もします。このため、先方主張と反論のセットも、いくつかのパターンを用意する、というよりも、幅を持った形で考えておくにとどめます。実際に相対したときに、先方の発言が、自分の予想の範囲に入ってくるだろう、という期待が持てた時点で準備は終了です。

予想のためには、(1)特許の明細書の読み込み、(2)出願経過書類の読み込み、(3)被疑製品の構造/構成/処理内容の理解、が必要になります。(1)と(2)は、特許権者が特許をどのように解釈してくるかを予想する根拠となり、これに(3)を組み合わせて、特許と被疑製品の関連づけをどのように行ってくるかの予想を立てます。(3)については、当然自社の方がよく分かっているので、併せて反論を作っていきます。

確認ポイントを持っておく

予想と反論を作っていく過程で、解釈の幅が分かってきます。この幅の中のどの位置に先方が立つのかによって、こちらの反論方法も、反論の強さも変わってきます。そこで、どの位置に先方が立つのか、先方の解釈を明らかにしていくための確認ポイントを設定します。

打合せの場では、設定した確認ポイントについて答えが入手できるように進めていきます。先方の説明の中で明らかになっていく場合も多くあります。不明な場合は、それを明らかにするための質問を行い、その回答で明らかにしていきます。

相対交渉に慣れないうちは、このような確認ポイントをメモの形で持っておくのが有用だと思います。実際に先方とFace to Faceで会うと、舞い上がってしまって確認を忘れることが少なからずあり、議事録を作っていて聞き忘れに気がついて臍をかむ、ということにもなりかねません。

Registered Agent

知財職が、「Registered Agent」あるいは「エージェント」という語に遭遇するのは、ほとんどの場合、訴状が米国の子会社・関連会社に送達されたとき、だと思います。

日本の裁判所は、訴訟が提起されたときには、被告の住所に訴状を送達してくれます。米国では、直接被告住所に訴状を送るのではなく、あらかじめ、そうした法的送達物(legal service of process)を受け取る代理人(エージェント)を、届け出ておく必要があり、訴状は、そのようなエージェントに送られる仕組みになっています。

州によって多少仕組みが違うようですが、おおむね、どの州でも、その州内でビジネスを行うためには、エージェントの届出をしておく必要があるようです。

エージェントには、会社の役員や顧問弁護士とかを指名しておいてもよいのですが、特に会社と関係のない第三者でも構わない、ということで、専門の業者に依頼することも多いようです。全米各州でビジネスをしているとすると、全ての州にエージェントを置かねばならず、だとすれば、全国展開している業者に頼んでしまうのが便利、ということかもしれません。

たとえば、こちらの業者(CT Corporation)などが代表的なようです。

Registered Agent Services for New Businesses | CT Corporation

「エージェント」なので、ここで(訴状などを)受け取った日が、送達日になります。実際には、エージェントから、対象会社にさらにFedExなどで送られるため、そこで1日2日のロスが出ます。が、送達できなかったとか、したつもりだったのにできていなかったとか、といったこの回りの不具合を防止するためには、制度として機能している、といえるでしょう。

特許侵害で争いになるポイントは3つ

ポジションとインパクト

訴訟になる、ならないに関わらず、特許侵害で争いになるのは3つです。

  1. 被疑製品が、対象特許の権利範囲に入っているのか
  2. 対象特許は、有効なのか
  3. 損害賠償額はいくらなのか

1と2を自社の強さを表す「ポジション判断」、3を自社の事業に与える影響「インパクト判断」として、対応方針を決めていきます。

独立というより相互に影響するパラメータ

被疑侵害者という立場に立たされた当事者からすると、1,2,3の全ては相互に関連していて、独立して考えることはできません。

訴訟の場では、1や2が片付かないのに3の話になることはありませんが、1と2はどちらを先にすべき、と決まっているわけではありません。

「1.特許の権利範囲に入っているのか?」が、Noであれば、そこで話は終わりです。わざわざ、その特許が有効なのかどうかを考えるまでもありません。

逆に、「2. 対象特許は、有効なのか?」がNoになってしまうのなら、権利範囲に入っているかどうかを考えるまでもない、とも言えるでしょう。

また、1も2も、資料を集める、分析する、主張を組み立てる、と精緻に行っていく必要があります。時間も費用もかかります。ということは、ケースバイケースで、1か2のうちで、より容易な方を先に進める、力を割く方がコストパフォーマンスに優れています。

もっと言えば、「3. 損害賠償額」の算定の元となる被疑製品のこれまでの販売額が実はとても小さくて、数パーセントの料率を掛けたとしても小さな金額にしかならないのであれば、1や2を綿密にやるためのコストの方が上回ってしまうかもしれないのです。こうした場合に、どこまで力をかけて作業をすべきなのかは常に考える必要があります。

そういう意味で、1も2も3も相互に関連していて、1つずつ終わらせて考える、というわけにはいかないのです。

権利範囲に入るかどうかは0か1ではない

「1. 特許の権利範囲に入るかどうか」は、特許の権利範囲を決めている文章:「特許請求の範囲」を要素に分割し、被疑製品が全ての要素を備えているかどうかで決まります。

言葉とモノとを比べることになるので、両者が同じと言えるのかには解釈の幅があります。一方の極には、どの要素もばっちり同じ、ごめんなさいとしか言えないようなものがあり、他方の極には、誰が見ても明らかに、要素の1つ2つが足らない、「それはないでしょう」と言いたくなるようなものがあるのです。

前者を5段階評価で5とし、後者を1とすると、1から5の中に、すべてのケースが収まるわけですが、争いになるようなものは、3や4だったりするのです。つまり、最後まで、どちらに転ぶか分からないわけです。

有効か無効かもデジタルには判断できない

「2. 対象特許は、有効なのか?」は、その特許が出願された時よりも前に、ほぼ同じ技術アイデアが既に存在していたかどうかで決まります。

既に、特許庁でその点については審査がなされた上で特許となっているものですから、それをひっくり返すだけの技術資料を探し出し、説得しなければなりません。

技術資料は、主に文献です。特許公報のこともあれば、論文やマニュアルなどのこともあります。言葉とモノとを比べるよりは易しいような気もしますが、同じ技術思想を同じ言葉で書いてあるとは限りませんし、技術常識だったりすると、正面から書いてある文献が見つからなかったりします。

とすると、その特許よりも以前の有力な文献を見つけたとしても、それが誰が見てもその特許を無効にするほど強力かどうかは場合によります。これも、1と同じで、一方の極には、ばっちり同じことが書いてある先行技術文献が見つかった、というものがあり、他方の極には、全然類似の文献が出てこない、というものがあります。有効性の強さを5段階で表せば、前者が1で後者が5となります。

先行文献は、権利範囲の広さにも関係する

2.の有効性を左右する文献を調べていくと、対象特許を無効にすることまではできないけれど、使われている用語の意味を狭く解釈できる資料に当たることがあります。

このような資料があれば、有効性の強さは4や5だけれども、先行資料を使うことで、権利範囲が狭くなり、結果として被疑製品が特許の権利範囲に入るかどうかが4から2に引き下げられる、といったことが起こります。

総合的に判断する

1と2の判断結果をそれぞれ5段階で表したとすると、その掛け算で、結果は1~25になります。数字が高くなるほど、訴訟で敗訴する可能性は高くなります。早めに和解を申し入れ、考えられる損害賠償金額から減額交渉する方が賢明かもしれません。

数字が低ければ、勝訴する可能性が高くなります。相手が同じように考えていれば、低額で和解を持ちかけてくるかもしれません。費用を掛けて訴訟を進めるよりは、その方がよい、という判断もあり得ます。

相当簡略化すると、このような考え方になりますが、5段階評価自体に解釈の幅があり、自社で考えたことと相手が考えたことが一致するとは限りませんので、いくつかのシナリオを並行して組み立てつつ、最善は何か、と問うていくことを繰り返します。

米国での特許訴訟の始まり

米国子会社が特許訴訟で訴えられた。

初めてこんな連絡をもらったとき、「とりあえず、何をしたらいいの?」というのが私の思ったことでした。当時、勤務先は既に他にも継続中の訴訟を抱えていましたが、私にとって、その訴訟が訴訟提起からの初体験だったのです。対象特許の番号は、とか、被疑製品は、とか、実体的なことは色々浮かぶのですが、何をおいてもしておかなくてはならないことは?これを落としたらまずい、というのは当初の段階では何なの?というのがさっぱりわからなかったのです。いつまでに何をしておいたらひとまず安心、という状態にしておきたいのに、それが見当もつかないって不安なものです。

訴状の送達

訴訟は、正式には、訴状(Complaint)が被告(defendant)に送達(serve)されて始まります。但し、日本では原告が訴状を裁判所に提出すれば、被告への送達は裁判所が行いますが、米国の場合、serveするのは原告の仕事です。裁判所に訴状を提出(file)すると、裁判所が被告に対する召喚状(summons)を発行してくれますので、その2つを原告から被告に対して送達します。

訴状送達の期限は、裁判所への訴状提出から120日以内です。ということは、期限内であれば、原告は被告にいつ訴状を届けるのかを選ぶことができます。「裁判所に訴状を提出したんだけど、正式手続の前に、友好的にライセンスの話をしない?」などと原告代理人からレターが舞い込む、ということも起こります。

Registered Agent

訴状が送達される先は、被告となっている会社の本店所在地、という訳ではなく、送達先としてあらかじめ届け出てある代理人(registered agent)のところです。このregistered agent、これ自体を事業にしている企業があったりします。全米各州でregistered agentを請け負います、といったサービスです。訴状や召喚状が送達されているのに受け取りに失敗すると、裁判手続に参加できなくて、そのまま敗訴してしまうなどの重大な結果に至りますから、確実に受け取るために、こういったサービスを利用する企業は多いようです。

代理人であるregistered agentから本人である会社に対しては、FedExなどで普通に送られます。代理人ですから、当然ながらregistered agentが訴状を受け取った日が送達日になります。すると、その後FedExで2~3日かかって被告会社に届き、よくわからないので社内どこかのトレイに積まれて放置されていた、などということが起こると、既に訴訟が正式に開始されてしまっていますので、期限のカウントダウンが知らないうちに始まっている、という恐ろしい事態に陥ります。

かつて、ここまで頻繁に訴状を受け取っていなかった頃、米国子会社は、どうやらその仕組みがあまりよく分かっていなかったらしく、訴状がなかなか担当部署に回ってこなくて冷や汗をかいたことがあったとか。

Serviceを待つ

米国の連邦裁判所は電子化手続がたいそう進んでいますので、訴状が提出されるとほとんど間を置かずにデータベースに登録され、検索が可能になります。弁護士は、顧客サービスの一環として、顧客が被告として挙げられた訴訟を毎日チェックしています。このため、被告となった訴状が提出された翌日には、これまで縁のあった弁護士から「新たな訴訟が提起されたようです」という趣旨のメールが届きます。注目度の高い企業が被告になったりすると、同じデータベースを利用して、マスコミがニュースとして報道する、ということもあります。結果として、当の被告が訴状を受け取るのが一番遅い、ということも往々にしてあるわけです。

担当部門としては、このような裁判所のデータベースから得られた訴訟情報を元に、被告である米国子会社に対して、「近日中に訴状がagentから届くと思いますので、気をつけて見ていて下さい。届いたらすぐこちらにpdfで送って下さい」と注意喚起する、といった対応を行います。

答弁の期限

被告は、訴状に対する答弁書(Answer)を提出する必要があります。この期限は、訴状がserveされてから21日以内、と連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure)で定められています。

米国での特許侵害訴訟において、一般的に訴状にどの程度のことが書かれていて、Answerでどの程度のことを答えるのか、というのは改めて書こうと思いますが、特許事件という性質を考えると、21日以内に正面からAnswerを作成して提出する、というのはいかにも短いです。

この期限は、原告・被告間で合意して裁判所に申請し、許可が得られれば延長することができます。多くの特許訴訟では、代理人を選定し、原告・被告の代理人間で話をして、この答弁期限延長の申請をし、初動段階での検討時間を確保するのが通例です。

延長期間としては、30日~60日の間が多いようです。多くは30日、少し長めにとって45日、何らかの事情があると60日が認められることもある、という感じでしょうか。延長した期限でも足らない場合には、再延長することもあります。但し、当事者間で合意されていたとしても、延長を認めるかどうか、認めるとして何日にするかは裁判官の裁量です。申請した日数が必ずそのまま認められるわけではありません。日数が短くされることもありますし、再延長の場合などは、延長申請が却下されることもあります。

とりあえずは

ということで、訴えられた場合にとりあえずすることは、

  1. 「訴えられた」のが、裁判所に訴状が提出されているだけの状態なのか、正式に送達までされているのかを確かめる。
  2. まだ未送達なら、送られてくるだろう訴状を監視するように注意喚起する。
  3. もう送達されているのなら、代理人を選任して、答弁期限の延長をしてもらう。

このあと、延長した期限の間にじっくり調査検討して進め方を考える、という実体的ステージに入ります。

おっと、2と3の間に、社内に報告して代理人選任の承認が必要ですね。そして、社内が(特許)訴訟に慣れていないと、この報告の段階で大騒ぎになります(阿鼻叫喚)。

Patent Troll, NPE, PAE

アメリカ特有のパテント・トロール等

アメリカでは、世にある商品に使われていそうな特許を買って来て、その商品の製造元に「特許侵害だ」として訴える、ということが頻繁に行われています。こうした振る舞いをする人たちは、パテント・トロールとか、NPEとか、PAEとか言われ、随分けしからん行状として扱われていることが多いです。

「パテント・トロール」という語は、広く知られていて分かりやすいようですが、ネガティブなイメージを持たせた語法なので、一般向け煽り系の記事には使われるものの、真面目な分析記事等ではまず使われません。

その代わりになる中立的な用語として、まずNon-Practicing Entity: NPE(非実施主体:特許を事業で実施しない企業等)というのが登場し、かなり広まりました。

ただ、これだと研究機関や大学等も広く含まれてしまうので、少し広すぎるという批判があり、その後登場したのが、Patent Assertion Entities: PAEです。特許の権利行使を(生業と)する主体ということで、その他の事業はしていない、という含みがあります。こちらは、2011年にFTCが出したレポートの中で使用され、そこそこ普及しているように思います。

他にも、Patent Manetizing Entities :PME という用語もあるようで、これだと特許を金に変えるという意味になります。個人的には、訴訟を利用して和解金を集めるビジネスモデルという意味で、これが一番近いんじゃないかと思っていますが、用語としてはあまり普及していません。

ということで、このブログでは、基本的にはPAEの用語を使っていくつもりです。

PAEの何が問題なのか

PAEの中の人たちは、批判に対して、「使われていなかった特許の有効活用をしている」と主張します。確かに、特許を取得するだけでは何ら役にはたちません。コレクションして嬉しい類のものでもありませんし。活用してこそ意味があるというのは正しいです。

ここで問題にされているのは、その「活用」は、そもそも特許制度が意図していなかったものではないのか、特許制度の趣旨から逸脱しているのではないか、ということです。

特許の活用とは何か|王道の使い方

では、特許権の活用、というと、どのようなイメージを持つでしょうか。

新製品の開発の中で出てきた発明を、特許庁に申請し(この行為、正式には「出願」なのですが、なぜかマスコミでは「申請」と言われることが多いです。婚姻届の提出が「入籍」と称されるのにちょっと似ています)、権利が得られたら、他者が同じような製品を出さないように使う(出して来たら特許侵害で訴える)というのが教科書的な説明になるでしょう。自社製品を守る機能の発露ということですね。

ところで、特許権は、法律によって「財産」として構成されていますので、売り買いすることができます。研究開発の過程で発明して、特許を取ったけれど、それを使った製品は出さないことになった、ということもよく起こります。こうした場合、特許権を維持していても使いませんから、維持費用だけが嵩みます。(特許は、取るにも維持するにもそこそこの費用がかかるもので、数が増えてくるとそれはそれは金食い虫です。)そこで、使わなくなった特許は、捨てるか、欲しいという人に売るかして処分します。

特許を買う人というのは、その特許を使った製品を作ろうとしている、そのような事業を始めようとしている会社、というのがまずは考えられます。特に、特許が製品設計段階よりもずっと以前の研究段階のものであれば、用途も広く、発明をした人とは違うところで生かされることもありそうです。ノウハウとセットで特許が売られる形もあるでしょう。

このような、発明が創造されたところで事業化されない特許(休眠特許などと呼ばれます)を、他の企業などで使って(活用して)もらおうという試みはあちこちでなされていますが、あまり大きく成功してはいないようです。やりたいことと特許がうまくマッチングしない、特許だけではうまく事業化まで持っていけない、など、種々の理由があるようです。

特許の活用とは何か|そこから収益を上げること?

一方、こうした休眠特許のその他の「活用」の仕方として、「既に使っている人を見つけ、使っていることを自覚させてそこから利用料をもらう」ということが考えられます。

特許は、所有者が独占的に使う権利があるわけですから、他人が無断で使っているのなら、それを止めさせたり、使用料を請求したりするのは正当な行為です。但し、特許は技術的なアイデアを言葉にしたもので、形がなく、解釈の余地が大きいため、「知らないうちに使っている」とか「使っているかどうかについて人によって意見が分かれる」ということが起こります。

特許の所有者(特許権者)と、特許の使用が疑われる人(被疑侵害者と言われます)とで「使っているかどうか意見が分かれる」場合、意見の応酬になるわけですが、収束の仕方としては、(1)被疑侵害者が特許権者の主張を受け入れて要求を飲む、(2)特許権者が被疑新会社の主張を受け入れて要求を取り下げる、(3)互いに主張は譲らないけど歩み寄って条件交渉を行い妥結する、(4)どうにも妥協点が見出せないので訴訟の場に持ち込まれ(そこで解決が図られ)る、くらいのパターンがあります。

一旦「意見の応酬」ステージに入ってしまうと、なかなか(2)で落ち着くことは少なく、(3)になることが多いように思います。もちろん、強弱感はあるわけですが、なにしろ解釈の余地が大きいため、(4)訴訟に進んだ時に自分に有利な結論が出る保証はなく、相手が強硬で譲らなければそれまでなので。

気がつかずに使っていた特許について使用料を払う、というのは正当なのでしょうが、自分では使っていないと判断しているものについて、後だしじゃんけんのように特許料を請求される、ということに納得がいかない、これが果たして特許の「活用」なのか?なにか間違っていないのか?という思いを持つ知財人は多いと思います。

訴訟にかかる費用

さらに、アメリカの場合、上記の(4)のステージに膨大な費用がかかります。

まず、アメリカの民事訴訟一般の話として、(a)訴えの提起が簡単(訴状にそこまで詳細に書かなくて良い。費用も安い)、(b)原告・被告双方が手持ちの証拠資料をほぼ洗いざらい出し合う証拠開示手続がある という特徴があり、訴状はざっくり書いて訴えておき、相手から出てきた資料を見て徐々に主張の内容を詰めていく。自分が有利になってくればガンガン攻めるし、不利になって来そうなら条件を妥協して和解する、といったことが普通に行われるシステムと言えます。

そして、(b)の証拠開示手続で提出を求められる資料の範囲が相当広範囲で膨大なため、それが訴訟での主張に使えるかどうかという観点で評価することも膨大な作業になり、時間(工数)がかかります。法的主張の組み立ての基礎となるため、機械的な検索などによるフィルタリングの後は弁護士の作業になります。それは、タイムチャージで課金されます。

特許訴訟で代理人ができる弁護士は、Patent Lawyerと呼ばれますが、技術系と法律の両方を治めている必要があり、その分専門性が高く、従って、時間あたりのレートも高いのです。経験の浅い駆け出し級で300ドル台、シニア・アソシエイトで500ドル台、パートナークラスになると800ドル台以上、千ドル超えも。。。

とまあ、このような事情で、アメリカで訴訟をきっちり遂行していくと、一審判決にたどり着くまでに数億円の出費を覚悟しなくてはなりません。

ということは、このような訴訟手続自体・それにかかる費用を梃子(というか人質?)にして、侵害が怪しい特許についても安い和解金を提案して「経済合理性」をたてに集金する、というビジネスモデルが成立するわけです。正しく特許のマネタイズ(手段は問わない)で、上記のようにPMEが最も適切な表現だろうと私が思う理由です。

まとめ

以上、なにかの結論、というよりも、当ブログで頻出するであろう、PAE(類義語を含む)についてのざっくりしたイメージをグロッサリーとしてまとめてみました。

プロフィール

プロフィール概略

■中の人:せんり(@senri4000)
■住まい:某地方都市
■これまでに住んだところ:東京、モントリオール(近郊)
■趣味:アマチュアオーケストラでビオラを弾く
■家族:既婚、息子二人持ちのワーキングマザー
■仕事:メーカーの法務/知財部門で管理職してます
■IT度:ネット歴はパソコン通信時代から。Macは触ったことがないのにiOSデバイスは10台目。ガジェットおたくですね。

これまでの歩み

昭和の終わり頃にメーカーに就職して職業人生を始めました。途中、夫の海外赴任についていき、ついでに出産して長めにお休みしましたが、職種としては当初から変わらず知財職一本です。

たいていのメーカーには特許や商標などの「知的財産(知財)」を取り扱う部署があって、大きければ知財(本)部、小さければ知財グループ(課)とか呼ばれ、もっと小さいと独立した部署というより担当(兼務)だったりします。自前で技術開発しているメーカーであれば、まったく知財に縁がないということは稀でしょう。

大きな知財部の中の知財職の大半は、特許の出願・権利化を担当しています。新製品の機能追加とか、将来にむけての研究の成果を、「特許」という権利の形にしていきます。

晴れて権利になった特許は、他社に対する武器になりますし、逆に他社から攻撃されることもあります。ということで、知財部門には、特許を使った攻撃と防御の仕事もあるわけです。

私は、なぜかこの「特許を使った攻撃防御」の仕事から職業人生を開始しており、その後の仕事の変化を経ても、やっぱりこの攻撃防御系(「知財渉外」と呼んでます)が自分の職業人としてのコアになって現在に至ります。

このブログについて

このブログでは、上に書いたような、知財渉外職として私が考えたことを書いています。

知財職の中でもかなりニッチな職種ではありますが、やっていることをおおざっぱに言えば、特許と製品の関係を考えて合理的に説明し、相手に対して主張する、そして、相手からの主張も受けて反論したり交渉したりを繰り返す、ということになります。訴訟になることも、相対交渉になることもあります。

特許と製品の関係の考え方についてはどうしてもかなり専門的特殊なものになりますが、その結果を使って、どのように主張反論を組み立てていくか、交渉するかについては、けっこう汎用的なのではないかと思っています。

交渉学、という学問もあるようですが、なかなか学ぶ機会もなく、場数を踏むに勝るものはない、という性質があるようです。あとから振り返ると、ああすればよかったな、と思うことも少なくありません。

このような、現場体験から考えたことを少し整理して書き付けておこうと思ったのが前のブログ(「知財渉外にて」)を書き出したきっかけです。私自身は、妙に攻撃を受ける機会の多い会社に所属していて、経験値だけがえらく上がっているのですが、あまり機会がないけど興味があるとか、いままでそんなことはなかったのに急にそういう機会に恵まれてしまった(!)という方に参考になれば嬉しいです。後から本人の参考になることも少なくありません。

これまでのブログ歴について

こんな攻撃防御・交渉系をテーマにブログを書き出したのは、今の会社に転職した2008年からですが、ブログ自体は、2005年から書き続けて来ています。続けていると、考えを整理して書き付けておく、というのが将来の自分の役に立つだけでなく、整理することで今の自分の役にも立つことが分かってきて、書きたい欲求がコンスタントにあるようになっています。

ブログサービスを切り替えるのは、今回で3つめです。これまでは、仕事ネタを中心にしつつも、その時々で考えたことを色々とりまぜて題材にしてきました。今回、引っ越すに当たって、本筋のテーマだけをまとめて置いた方が見やすいし、役に立ちそう、という結論になりました。とはいえ、その時々で他のテーマについてもこれまで同様、書きたくなることは見えていますので、こちらは、別館(「天職の舞台裏」)を立てて書いていこうと思います。

ということで、新しいかたちで始めることにしてみました。今後とも、来訪頂ければ幸いです。