特許の攻撃と防御、そして交渉

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特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

「ライセンス契約法」 松田俊治|BLJ連載

BLJ(Business Law Journal)の2015年3月号から松田俊治弁護士による「ライセンス契約法」の連載がされています。2016年2月号で12回まで継続され、次回4月号からは隔月連載になるそうです。この機会に過去記事を全部まとめて読んでみました。

サブタイトルが「取引実務と法的理論の橋渡し」とされ、第1回において本連載の狙いは『「実務的問題」と「法的理論」との積極的な架橋』謳われているように、幅広く実務の実情に触れつつ、丁寧に法的な構成が説明されています。とても綿密な記事なので、なかなか日々の業務に追われている中で読み流すわけにいかず(それでは頭に入ってこない)、正直なところ積読記事になっていたのですが、ライセンス契約を実務担当者として進めていく上で理論的なベースを与えてくれる良記事だと思います。綿密に書かれているだけに、しっかり読み込まないと理解するのは難しいかもしれませんが、それだけの価値があります。

契約書作成の究極的な目的

連載の第1回に、以下のような下りがあり、耳が痛く読みました。

契約書をドラフトし、交渉し、締結するという作業の究極的な目的は、取引の当事者間における権利・義務の関係を適切かつ明確に設計すること、そして、将来の解決を委ねる裁判所等の紛争解決機関に対して、当事者が当該問題についてどのような解決を契約締結時点に意図していたかを、明確に理解させる書面を作成することである。もちろん、相手方当事者と見解の相違が生じたとしても、裁判所等の紛争解決機関に解決を委ねる段階まで至ることは実際には稀かもしれない。しかし、当事者間における権利・義務の関係を適切かつ明確に設計しておくことによって、当事者間における理解の齟齬を生じにくくできれば、そもそも紛争の発生を予防できる。さらに、ひとたび紛争のおそれが生じたとしても、当該問題に対して、当事者の意図していた解決策どおりの救済を紛争解決機関が与える蓋然性が見込めれば、解決に向けた交渉に自信を持ち、強い態度で臨むことで、良い結果を得られる可能性を高めることができよう。したがって、実際に裁判に至るか否かにかかわらず、ライセンス契約のドラフト・交渉を通じて、当事者間における権利・義務を適切かつ明確に設計するという作業の重要性は少しも揺らぐものではない。

実務担当者としては、主な条件の厳しい交渉を経て大筋合意をしてから契約の文言に入っていますので、その妥結を壊したくないという意識が強く働きます。このため、契約文言に不備まで行かない程度の懸念点(多くは解釈の余地が大きい不明確な部分)がある場合にも、このケースが紛争になるリスクがどの程度かを見積もって、さほど高くないと判断すれば、ここで波風を立てて時間をかけたり先方を変に刺激してこじれるリスクを冒すよりもスピード優先で締結してしまおうとすることが多くあります。

とはいえ、そうして流したことが可能性は低くても紛争に発展したときには当事者の合意の内容を示す強力な証拠となってしまうわけで、どれだけ厳密に行うかは考慮するにしても、改めて上記のような視点を持って行うべきだと思いました。

これまでの連載内容

本連載の今までの内容は以下の通りです。連載全体でどのような項目をどの程度の深さでカバーされるのかは明らかにされていませんので、今後も楽しみに読みたいと思います。ざっとご紹介しつつ、軽く感想を書いておきます。

第1回 連載開始にあたって

ライセンス契約を巡る状況を導入として触れられつつ、本連載の狙いを以下のように述べられています。

  • ひな形の条項解説という形式ではなく、ライセンス契約に関する法律問題の総論的な解説をまずは試み、その後、ライセンス契約の実務をめぐるさまざまな個別の問題点を俯瞰的に見る。

  • 伝統的な法律理論に、知的財産をめぐるライセンス実務の特殊性を接合するという課題を意識する。

  • ライセンス取引実務の現場で担当者が直面する問題についてその背後にある法理論を紹介するというアプローチにより「実務的問題」と「法的理論」との積極的な架橋を心がける

第2回 ライセンス契約をめぐる法律関係(1)

実務の現場において「ライセンス契約」が多義的であることを前提としつつ、本連載における定義を以下のように設定されています。

ライセンシーが、知的財産を活用する行為を行うに際し、知的財産権法上の権利を有している者(ライセンサー)から当該権利の行使を受けない件減(不作為請求権を含む)付与を受けるための諸条件を定める契約

実務においては、大きく「誰かが創造(create)した無形のものを憂いなく使うための取り決め」をライセンスとして取り扱っており、その対象は法律上の知的財産(権)であるとは限りません。ライセンサーとライセンシー間で取引対象となりうると合意されれば成立しますし、それが当該分野の商慣習となっているものもあります。こうしたものは現行法制上の保護は受けられないため、本連載の定義からは外れます。多少残念ではありますが、まずは外延の明確なものから見ていき、応用編は後で考えるのがよいのでしょう。

また、ライセンス契約の法律関係を整理する上では、(A)ライセンス取引の対象である知的財産について規律する知的財産権法に関する法律関係と、(B)民法(債権法)上の契約自由の原則の下で締結されたライセンス契約に基づき、契約当事者間の債権債務関係を生み出し、これを規律する法律関係とを区別するアプローチを提唱されています。確かに、考えているうちにこの両者を混乱してしまうことはやりがちなので、常に意識しておくことは有効そうです。

第3回 ライセンス契約をめぐる法律関係(2)

第2回で提唱された(A)(B)峻別アプローチに従って、(B)民法(債権法)上の法律関係について詳述されています。知財担当としては、(A)は専門領域であり強いものの(B)については弱い場合が多いので、丁寧な説明がとてもありがたいです。

第4回 ライセンシーの権利とその保護(1)―その脆弱性と対抗力

ライセンサー倒産時のライセンシーの保護は、長年の特許実務界の悲願でした。その昔の三田工業の倒産で、包括ライセンスを受けていた某社に大きな影響があったことをきっかけに問題提起がなされ、種々働きかけをしてきた経緯があります。この回では、こうした歴史を全体として振り返り、現在の状況までが説明されています。

第5回 ライセンシーの権利とその保護(2)―残されている問題

前回のライセンシー保護についての記事は特許の話でした。そこで、その他の知的財産権についてはどうなっているのかという説明がこの回です。

あまりこれまで意識してこなかったのですが、著作権にはライセンシーの対抗制度そのものが存在しないのですね。コンテンツのライセンスは広く行われているだけに、必要性は高いのではないかと思われ、手当てをする声が上がっていなさそうなのが意外でした。

ちなみに、知的財産制度のユーザーとしては、日本知的財産協会(JIPA)が大きく、産業界の声として意見を出すことも多く行っています。ただ、伝統的な知財部門の集まりという側面が強く、産業財産権に偏っている嫌いがあります。著作権のユーザーは業種としても全く違う企業が多く、知的財産協会の活動ではあまり広くカバーされていないように思います。今後は変わってくるのかもしれませんが。

第6回 ライセンシーの権利とその保護(3)―ライセンサー倒産問題、再び

さらに発展して、近時のライセンサー倒産(民事再生)の裁判例を取り上げて現状を説明されています。具体的な事案があると、問題点がはっきりしますので、契約時の注意点も分かりやすくなりますね。

第7回 知的財産権の譲渡契約とライセンス契約

特許実務の現場にいると、譲渡契約とライセンス契約を選択的に考えるなどという局面に遭遇することはまずありません。通常、ライセンシーとしては利用権原が欲しいだけですし、いまではライセンサー倒産時にもほぼ安心していられるようになっていますから、あえて対価が大きく上がるだろう譲渡を視野に入れる必要がないのです。

という感覚でいたため、譲渡とライセンスを比較検討のまな板に載せると言うのは理論上の話という理解でいたのですが、著作権の実務では大きく事情が異なるようです。驚きました。

ちなみに、ライセンスと一括りにされますが、特許と著作権の両者を同程度の割合で取り扱う企業実務家は非常に少ないと思われます。所属する企業の業種や事業内容によってどちらかに偏ることが多いのでは。そういう意味で、本連載は両者に目配りされていて気付きが多いです。

第8回 知的財産権の譲渡契約とライセンス契約(2) ―著作権法と特許法の違いを念頭に

前回が著作権の話だったので、今回は特許の話です。今回は、正直理論的な話に寄っていると思います。あまり大企業間では専用実施権や独占的実施権には縁がありませんが、大学や中小ベンチャーの取引では時にこうした状況があるようで、裁判例では見かけます。

第9回 ライセンス契約の成立、ライセンシーの権利の効力発生

契約成立についての諸々です。シュリンクラップ・クリックオン契約、約款、書面化されない契約慣行など。ここでも、特許と著作権では違いが見られます。

第10回 ライセンス契約に関する錯誤

民法の意思表示についての復習をしつつ、ライセンス契約にあてはめるとどうなるか、という話でした。典型的には、(ア)特許発明の技術的範囲に関する錯誤、(イ)特許の有効性に関する錯誤ということらしく、なるほど、これらは錯誤という観点で整理できるのか、と。論点としては古くから議論されていますので認識していますが、錯誤の問題と考えたことはなかったのです。争いになりえますから、契約上で手当てすべき事項と思います。

第11回 ライセンス契約の相手方の権原に関する瑕疵など(1)

特定の特許についてライセンスを受ける場合には、登録原簿で正しく権利者かどうかを確認するのが実務的には必須です。ところがこうした登録制度が整備されているわけではない著作権については色々問題が起きうるということが紹介された裁判例でよくわかりました。

第12回 ライセンス契約の相手方の権原に関する瑕疵など(2)

会社間で契約を締結する場合に全ての署名者が会社の代表者というわけではありません。ライセンス契約でも、一律に代表者署名ではなく、社内規程により署名者が定められている場合が多いでしょう。その権限規程は外部から知り得ないため、どのように考えればよいのか、という話です。