BLJの連載第4回(2015年3月号)は、「膨大な訴訟コスト」でした。
BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2015年 3月号 [雑誌]
- 出版社/メーカー: レクシスネクシス・ジャパン
- 発売日: 2015/01/21
- メディア: 雑誌
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ところで、この一色弁護士のBLJ連載記事について、色々示唆されたところがあり、自分でも整理しつつ書き付けておこうと思って数回の記事を書いてきました。
が、その途中途中で分断されてしまったため、随分連載から時間が経ってしまいました。そんな中、先日発行された知財管理の2106年4月号に、PAEについての論説が掲載されています。現時点でのまとめとして網羅的かつ企業視点で書かれていて秀逸なので、知財管理にアクセスできる方には強くお勧めします。
という状況下、残念ながらこの分野は動きが激しいため、時間が経ちすぎて時宜を失ってしまいましたので(すみません)、この連載記事について書くシリーズは、今回で終了としたいと思います。私の業務が離れるわけではありませんので、また今後も何らかの形で書くかもしれませんが、いったん打ち止めにします。
さて、米国で訴訟コストが多額にかかることはよく知られています。その中でも突出して高いのが独禁法関係の訴訟と特許訴訟と言われています。これらがなぜさらに高額になるのかといえば、ディスカバリーが膨大だからということですね。独禁法関係については良く知りませんが、特許訴訟を行う弁護士は専門性が高いためにチャージが高いという事情もありそうです。
ディスカバリーというもの
ディスカバリー(証拠開示手続)は、英米法特有の手続です。発祥の地の英国にもあるようですが、米国に渡ってから独自の発展を遂げたようで、ずいぶん異なるものになっているようです。BLJ記事の記載を引用すると、
ディスカバリーとは、トライアル前に当事者が相手方や第三者から情報収集を行う手続全般を指す。
とのことで、Black's Law Dictionary 9th edition では、
Compulsory disclosure, at a party's request, of information that relates to the litigation.
なのですが、どんな「情報」なのかと言えば、争点に関するあらゆる文書やデータで、少しでも関連性が疑われると開示しなくてはならず、特許や被疑製品に関する技術情報はもとより販売やマーケティングに関する情報、社内外のコミュニケーション、会議の資料など、非常に広範囲です。
もともとディスカバリーは、当事者の武器を揃えるというか、公平を期すために、証拠となりうるものを共有し、不意打ちにならないようにするという発想から来ているようです。その昔は不意打ちが訴訟戦略として利用されていたという歴史的経緯があり、連邦民事訴訟規則 (Federal Rules of Civil Procedure: FRCP) の制定の際にディスカバリーが導入されたということのようです。
こうした全体感は、こちらの書籍が参考になります。
- 作者: 土井悦生,田邊政裕
- 出版社/メーカー: 発明推進協会
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ざっくり言えば、当事者間に情報の非対称があれば、持っていない側は不利になるし、不意打ちも呼びやすい。それはフェアではないから裁判をする前にその不公平を均しておく、そのためには、当事者間で関連情報は自主的に開示させよう、と理解しておくといいでしょう。そして、それを守らないのは裁判所に対する侮辱になる、という建て付けとなっており、強制力が効く形になっています。
関連情報がすべて開示されていれば、その中から証拠となるものを選び出せばよいので、あらかじめ選んで出させるよりもよいだろうということなのかな、と思います。
こうした趣旨はよいのですが、関連情報が膨大になってくると、その負荷が得られるメリットより過大になります。膨大になりすぎては肝心の役に立つ証拠を発見すること自体難しくなりますし、手続きのための手続きになってしまい、目的が達成されない嫌いも出てきます。今の特許訴訟におけるディスカバリーはそうした状況にある、という認識だと思います。
「ディスカバリーは極めて非効率な手続」
ディスカバリーは、そもそも裁判の中で使われる証拠を探すために行われるわけですが、その割合が非常に低いことがコラム(本号のP114)で紹介されています。中でも特許訴訟はその傾向が顕著で、なんと開示された文書のうち証拠として採用されたのは1万分の1に満たないとのことです。負荷の割に得られるものが少な過ぎますね。
連邦民事訴訟規則改正
こうした状況を改善するために、連邦民事訴訟規則の改正が昨年末に成立しています。雑誌の連載当時は法案の状態で紹介されていましたが、ほぼそのまま通過したようです。大きな変化をもたらすものなのかな、と思って読んでいたのですが、あまり話題になっていないようです。現場としてこれまでと違いが見えているかというとまだ不明、これからになりそうです。
SCOTUS Approves Proposed FRCP Amendments - The Ediscovery Blog by Kroll Ontrack
The 2015 FRCP Amendments: 'Tis the Season - The Ediscovery Blog by Kroll Ontrack
コストと便益
これらは、結局のところは、目的を達成するためにかかるコストと得られる便益の比較衡量になります。知的財産戦略本部で行われている「検証・評価・企画委員会 (知的財産推進計画2016策定に向けた検討)」の中に、「知財紛争処理システム検討委員会」がありますが、その第1回議事録中の渡部俊也先生の発言にそのような趣旨のものがありましたので、少しだけ引用しておきます。
特許制度、特許システムから受ける経済的便益と、それから、訴訟等、いろんなコストがどうしても必要になります。そのコストとの差が、随分業界によっても違う し、変動もしてきている
問題は、どっちかを大きくすることではなくて、その差がないとインセンティブにならない。すなわちイノベーション促進のためのインセンティブにならないということなのです。
結局は、人はそのように行動する、特に、個人と異なって企業は経済合理性で動くことが多いので、さらにその傾向が強まるということだと思います。制度的にあちこちに綻びや歪みが出ているのですが、その手当が思わぬ影響をもたらし、また揺り戻しがあるのが通常ではないかと思います。