特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

Patent Troll, NPE, PAE

アメリカ特有のパテント・トロール等

アメリカでは、世にある商品に使われていそうな特許を買って来て、その商品の製造元に「特許侵害だ」として訴える、ということが頻繁に行われています。こうした振る舞いをする人たちは、パテント・トロールとか、NPEとか、PAEとか言われ、随分けしからん行状として扱われていることが多いです。

「パテント・トロール」という語は、広く知られていて分かりやすいようですが、ネガティブなイメージを持たせた語法なので、一般向け煽り系の記事には使われるものの、真面目な分析記事等ではまず使われません。

その代わりになる中立的な用語として、まずNon-Practicing Entity: NPE(非実施主体:特許を事業で実施しない企業等)というのが登場し、かなり広まりました。

ただ、これだと研究機関や大学等も広く含まれてしまうので、少し広すぎるという批判があり、その後登場したのが、Patent Assertion Entities: PAEです。特許の権利行使を(生業と)する主体ということで、その他の事業はしていない、という含みがあります。こちらは、2011年にFTCが出したレポートの中で使用され、そこそこ普及しているように思います。

他にも、Patent Manetizing Entities :PME という用語もあるようで、これだと特許を金に変えるという意味になります。個人的には、訴訟を利用して和解金を集めるビジネスモデルという意味で、これが一番近いんじゃないかと思っていますが、用語としてはあまり普及していません。

ということで、このブログでは、基本的にはPAEの用語を使っていくつもりです。

PAEの何が問題なのか

PAEの中の人たちは、批判に対して、「使われていなかった特許の有効活用をしている」と主張します。確かに、特許を取得するだけでは何ら役にはたちません。コレクションして嬉しい類のものでもありませんし。活用してこそ意味があるというのは正しいです。

ここで問題にされているのは、その「活用」は、そもそも特許制度が意図していなかったものではないのか、特許制度の趣旨から逸脱しているのではないか、ということです。

特許の活用とは何か|王道の使い方

では、特許権の活用、というと、どのようなイメージを持つでしょうか。

新製品の開発の中で出てきた発明を、特許庁に申請し(この行為、正式には「出願」なのですが、なぜかマスコミでは「申請」と言われることが多いです。婚姻届の提出が「入籍」と称されるのにちょっと似ています)、権利が得られたら、他者が同じような製品を出さないように使う(出して来たら特許侵害で訴える)というのが教科書的な説明になるでしょう。自社製品を守る機能の発露ということですね。

ところで、特許権は、法律によって「財産」として構成されていますので、売り買いすることができます。研究開発の過程で発明して、特許を取ったけれど、それを使った製品は出さないことになった、ということもよく起こります。こうした場合、特許権を維持していても使いませんから、維持費用だけが嵩みます。(特許は、取るにも維持するにもそこそこの費用がかかるもので、数が増えてくるとそれはそれは金食い虫です。)そこで、使わなくなった特許は、捨てるか、欲しいという人に売るかして処分します。

特許を買う人というのは、その特許を使った製品を作ろうとしている、そのような事業を始めようとしている会社、というのがまずは考えられます。特に、特許が製品設計段階よりもずっと以前の研究段階のものであれば、用途も広く、発明をした人とは違うところで生かされることもありそうです。ノウハウとセットで特許が売られる形もあるでしょう。

このような、発明が創造されたところで事業化されない特許(休眠特許などと呼ばれます)を、他の企業などで使って(活用して)もらおうという試みはあちこちでなされていますが、あまり大きく成功してはいないようです。やりたいことと特許がうまくマッチングしない、特許だけではうまく事業化まで持っていけない、など、種々の理由があるようです。

特許の活用とは何か|そこから収益を上げること?

一方、こうした休眠特許のその他の「活用」の仕方として、「既に使っている人を見つけ、使っていることを自覚させてそこから利用料をもらう」ということが考えられます。

特許は、所有者が独占的に使う権利があるわけですから、他人が無断で使っているのなら、それを止めさせたり、使用料を請求したりするのは正当な行為です。但し、特許は技術的なアイデアを言葉にしたもので、形がなく、解釈の余地が大きいため、「知らないうちに使っている」とか「使っているかどうかについて人によって意見が分かれる」ということが起こります。

特許の所有者(特許権者)と、特許の使用が疑われる人(被疑侵害者と言われます)とで「使っているかどうか意見が分かれる」場合、意見の応酬になるわけですが、収束の仕方としては、(1)被疑侵害者が特許権者の主張を受け入れて要求を飲む、(2)特許権者が被疑新会社の主張を受け入れて要求を取り下げる、(3)互いに主張は譲らないけど歩み寄って条件交渉を行い妥結する、(4)どうにも妥協点が見出せないので訴訟の場に持ち込まれ(そこで解決が図られ)る、くらいのパターンがあります。

一旦「意見の応酬」ステージに入ってしまうと、なかなか(2)で落ち着くことは少なく、(3)になることが多いように思います。もちろん、強弱感はあるわけですが、なにしろ解釈の余地が大きいため、(4)訴訟に進んだ時に自分に有利な結論が出る保証はなく、相手が強硬で譲らなければそれまでなので。

気がつかずに使っていた特許について使用料を払う、というのは正当なのでしょうが、自分では使っていないと判断しているものについて、後だしじゃんけんのように特許料を請求される、ということに納得がいかない、これが果たして特許の「活用」なのか?なにか間違っていないのか?という思いを持つ知財人は多いと思います。

訴訟にかかる費用

さらに、アメリカの場合、上記の(4)のステージに膨大な費用がかかります。

まず、アメリカの民事訴訟一般の話として、(a)訴えの提起が簡単(訴状にそこまで詳細に書かなくて良い。費用も安い)、(b)原告・被告双方が手持ちの証拠資料をほぼ洗いざらい出し合う証拠開示手続がある という特徴があり、訴状はざっくり書いて訴えておき、相手から出てきた資料を見て徐々に主張の内容を詰めていく。自分が有利になってくればガンガン攻めるし、不利になって来そうなら条件を妥協して和解する、といったことが普通に行われるシステムと言えます。

そして、(b)の証拠開示手続で提出を求められる資料の範囲が相当広範囲で膨大なため、それが訴訟での主張に使えるかどうかという観点で評価することも膨大な作業になり、時間(工数)がかかります。法的主張の組み立ての基礎となるため、機械的な検索などによるフィルタリングの後は弁護士の作業になります。それは、タイムチャージで課金されます。

特許訴訟で代理人ができる弁護士は、Patent Lawyerと呼ばれますが、技術系と法律の両方を治めている必要があり、その分専門性が高く、従って、時間あたりのレートも高いのです。経験の浅い駆け出し級で300ドル台、シニア・アソシエイトで500ドル台、パートナークラスになると800ドル台以上、千ドル超えも。。。

とまあ、このような事情で、アメリカで訴訟をきっちり遂行していくと、一審判決にたどり着くまでに数億円の出費を覚悟しなくてはなりません。

ということは、このような訴訟手続自体・それにかかる費用を梃子(というか人質?)にして、侵害が怪しい特許についても安い和解金を提案して「経済合理性」をたてに集金する、というビジネスモデルが成立するわけです。正しく特許のマネタイズ(手段は問わない)で、上記のようにPMEが最も適切な表現だろうと私が思う理由です。

まとめ

以上、なにかの結論、というよりも、当ブログで頻出するであろう、PAE(類義語を含む)についてのざっくりしたイメージをグロッサリーとしてまとめてみました。