特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

米国での特許訴訟の始まり

米国子会社が特許訴訟で訴えられた。

初めてこんな連絡をもらったとき、「とりあえず、何をしたらいいの?」というのが私の思ったことでした。当時、勤務先は既に他にも継続中の訴訟を抱えていましたが、私にとって、その訴訟が訴訟提起からの初体験だったのです。対象特許の番号は、とか、被疑製品は、とか、実体的なことは色々浮かぶのですが、何をおいてもしておかなくてはならないことは?これを落としたらまずい、というのは当初の段階では何なの?というのがさっぱりわからなかったのです。いつまでに何をしておいたらひとまず安心、という状態にしておきたいのに、それが見当もつかないって不安なものです。

訴状の送達

訴訟は、正式には、訴状(Complaint)が被告(defendant)に送達(serve)されて始まります。但し、日本では原告が訴状を裁判所に提出すれば、被告への送達は裁判所が行いますが、米国の場合、serveするのは原告の仕事です。裁判所に訴状を提出(file)すると、裁判所が被告に対する召喚状(summons)を発行してくれますので、その2つを原告から被告に対して送達します。

訴状送達の期限は、裁判所への訴状提出から120日以内です。ということは、期限内であれば、原告は被告にいつ訴状を届けるのかを選ぶことができます。「裁判所に訴状を提出したんだけど、正式手続の前に、友好的にライセンスの話をしない?」などと原告代理人からレターが舞い込む、ということも起こります。

Registered Agent

訴状が送達される先は、被告となっている会社の本店所在地、という訳ではなく、送達先としてあらかじめ届け出てある代理人(registered agent)のところです。このregistered agent、これ自体を事業にしている企業があったりします。全米各州でregistered agentを請け負います、といったサービスです。訴状や召喚状が送達されているのに受け取りに失敗すると、裁判手続に参加できなくて、そのまま敗訴してしまうなどの重大な結果に至りますから、確実に受け取るために、こういったサービスを利用する企業は多いようです。

代理人であるregistered agentから本人である会社に対しては、FedExなどで普通に送られます。代理人ですから、当然ながらregistered agentが訴状を受け取った日が送達日になります。すると、その後FedExで2~3日かかって被告会社に届き、よくわからないので社内どこかのトレイに積まれて放置されていた、などということが起こると、既に訴訟が正式に開始されてしまっていますので、期限のカウントダウンが知らないうちに始まっている、という恐ろしい事態に陥ります。

かつて、ここまで頻繁に訴状を受け取っていなかった頃、米国子会社は、どうやらその仕組みがあまりよく分かっていなかったらしく、訴状がなかなか担当部署に回ってこなくて冷や汗をかいたことがあったとか。

Serviceを待つ

米国の連邦裁判所は電子化手続がたいそう進んでいますので、訴状が提出されるとほとんど間を置かずにデータベースに登録され、検索が可能になります。弁護士は、顧客サービスの一環として、顧客が被告として挙げられた訴訟を毎日チェックしています。このため、被告となった訴状が提出された翌日には、これまで縁のあった弁護士から「新たな訴訟が提起されたようです」という趣旨のメールが届きます。注目度の高い企業が被告になったりすると、同じデータベースを利用して、マスコミがニュースとして報道する、ということもあります。結果として、当の被告が訴状を受け取るのが一番遅い、ということも往々にしてあるわけです。

担当部門としては、このような裁判所のデータベースから得られた訴訟情報を元に、被告である米国子会社に対して、「近日中に訴状がagentから届くと思いますので、気をつけて見ていて下さい。届いたらすぐこちらにpdfで送って下さい」と注意喚起する、といった対応を行います。

答弁の期限

被告は、訴状に対する答弁書(Answer)を提出する必要があります。この期限は、訴状がserveされてから21日以内、と連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure)で定められています。

米国での特許侵害訴訟において、一般的に訴状にどの程度のことが書かれていて、Answerでどの程度のことを答えるのか、というのは改めて書こうと思いますが、特許事件という性質を考えると、21日以内に正面からAnswerを作成して提出する、というのはいかにも短いです。

この期限は、原告・被告間で合意して裁判所に申請し、許可が得られれば延長することができます。多くの特許訴訟では、代理人を選定し、原告・被告の代理人間で話をして、この答弁期限延長の申請をし、初動段階での検討時間を確保するのが通例です。

延長期間としては、30日~60日の間が多いようです。多くは30日、少し長めにとって45日、何らかの事情があると60日が認められることもある、という感じでしょうか。延長した期限でも足らない場合には、再延長することもあります。但し、当事者間で合意されていたとしても、延長を認めるかどうか、認めるとして何日にするかは裁判官の裁量です。申請した日数が必ずそのまま認められるわけではありません。日数が短くされることもありますし、再延長の場合などは、延長申請が却下されることもあります。

とりあえずは

ということで、訴えられた場合にとりあえずすることは、

  1. 「訴えられた」のが、裁判所に訴状が提出されているだけの状態なのか、正式に送達までされているのかを確かめる。
  2. まだ未送達なら、送られてくるだろう訴状を監視するように注意喚起する。
  3. もう送達されているのなら、代理人を選任して、答弁期限の延長をしてもらう。

このあと、延長した期限の間にじっくり調査検討して進め方を考える、という実体的ステージに入ります。

おっと、2と3の間に、社内に報告して代理人選任の承認が必要ですね。そして、社内が(特許)訴訟に慣れていないと、この報告の段階で大騒ぎになります(阿鼻叫喚)。