特許の攻撃と防御、そして交渉

特許の攻撃防御、そして交渉

自社で持てば武器になるが他社から攻撃されることもある。白黒つけるより、どこかで折り合う。手札を見極めて、交渉に臨む。

供給元にどこまで要求できるか|Indemnificationの基本

※本エントリは、法務系Advent Calendar 2014への参加エントリです。

現代の電気製品は、多くの部品からできています。最終製品を販売しているメーカーが全ての構成部品を作っているなどということはなく、部品メーカーから購入して組み立てを行います。ここでは、このような仕入れ先に当たる部品メーカーを供給元と呼びます。

では、こうした購入部品が原因で自社製品が特許侵害と言われたときには、供給元に責任を求めることができるのでしょうか?

供給契約上の特許保証・補償条項

供給元との間には、その対象(ここでは供給品と呼びます)の取引条件を決めた契約(ここでは供給契約と呼びます。実際には、売買契約とか基本取引契約とかSupply and Purchase Agreement とか Master Purchase Agreement とか色々な名前です)があります。諸事情で契約が締結されていないままに取引が行われているケースもありますが、話がややこしくなるので、ここではそういうケースは除外します。

この供給契約の中には、通常、売主(Supplier)からの供給品が原因で買主(Buyer)が特許侵害を主張された場合の売主の責任について定めている条項があります。古い契約でこのような条項が全くない契約も見たことがありますし、契約案に入っていないケースも稀に遭遇しますが、買主側としては必須の条項です。特許侵害はいつ言い立てられるかわかりません。

この条項の内容は、おおむね、以下の2つからなっています。

  1. 売主が知る限り、供給の時点で供給品が第三者の特許を侵害していないことを保証すること(特許保証)
  2. 供給品について買主が第三者から特許侵害を主張された場合には、売主が買主に代わって防御したり対応費用を負担したりすること(特許補償)

特許保証

上記の1、特許保証は、2の前提となるもので、買主としては不良品を買いたくはないように、特許を侵害している製品など買いたくありません。とはいえ、特許の数は膨大であり、いくら販売前に侵害予防調査をして回避をしていたとしても、完全に非侵害を保証するのは不可能です。漏れの可能性もありますし、権利範囲に入るか入らないかの解釈の違いもあります。このため、保証できるのは、その時点でちゃんと合理的な努力をしており、信じる限り非侵害です、ということまでになります。

特許補償

便宜上、特許補償と書いていますが、日本語の契約の場合のタイトルは、「第三者の知的財産侵害」程度になっていることが多いようです。あまり定着した用語がありません。英語の場合は、Indemnificationとなります。

実際に重要なのはこの条項で、第三者が特許侵害と言ってきたときに、それが供給品が原因であれば売主が責任を取ります、というものです。これは、至極自然に聞こえますし、特に問題ないような気がします。買主としては特許についても安心して供給品を買うことができそうです。そもそも、供給品の技術内容は売主は熟知していますが買主にはブラックボックスです。それを特許侵害と言われて解析して反論するなど無理があります。

とはいえ、いざ特許侵害だと言われたときに、供給元に連絡してみると、「それは責任範囲に入っていません」とすげなくされることも多いのです。では、この条項は実際どのような条件を満たしたら発動されるのでしょうか。

責任発動の条件

一般に、補償責任発動の条件は、以下のようになっています。

  1. 供給品について特許侵害として(a)訴訟を提起された または (b)権利行使を受けた
  2. 買主が上記についてすぐに通知をした

1については、契約の取り決めによって(a)のように訴訟しかカバーしないものと、(b)訴訟に限らず警告等の権利行使全般を含む ものとがあります。買主側としては全てのケースを含む(b)の方がありがたいですが、売主側に拒否されることもあります。一定の線を引いておきたいという売主側の思いも理解できますので、これはその他の条件との見合いで(a)となるか(b)となるか決めることになります。

2については、訴訟提起や警告書の受領等、1の条件を満たしたことを買主が知ってから○○日以内と具体的に日数を規定しているものもありますが、特に日数までは書かずに「遅滞なく」(promptly)とされることが多いようです。この条件がついているため、買主側としては、供給品を含む製品が特許侵害主張をされた場合には、それが確実に供給品を原因とするものなのかどうかの見極めがつくまで待たずにとりあえず通知をすることを優先することになりがちです。

売主の責任の枠外となる場合

特許侵害を主張された製品が供給品を含んでいても、その特許の権利範囲が供給品だけでは完成しない場合があります。特許の権利範囲を構成する要素としてA、B、C、Dがあるが、供給品にはA、B、Cしか含まれず、Dは別の部品であり、全体を含んでいるのは製品である、というものです。

例えば、無線通信の方法の発明では、無線チップの中で処理が行われますが、それを通信相手に届けるためにはアンテナが必須です。こうした場合に、特許の構成要素としてアンテナが入っていれば、無線チップ単体では特許を侵害しません。

このように、製品レベルで特許侵害であるとしても、供給品のレベルでは特許を侵害しないことは多く発生します。補償発動の条件として、「供給品が第三者の特許を侵害したとして権利行使を受けた場合」とされていると、このような場合には「侵害した」という点で条件を満たさず、補償を求めることは難しくなります。Dを含む別部品を採用して製品として完成させたのは買主の選択であり、A、B、C、Dからなる特許については売主の責任範囲外であると言われるでしょう。(但し、上記の例のように、要素Dが汎用品(アンテナ)である場合、どんなアンテナを持って来ても結果は同じ(=製品レベルで侵害)となるため、買主の選択の問題ではないとして争う余地はあります。後述の場合と同様です。)

では、「供給品に起因して、買主が第三者から特許侵害を主張された場合」とされていればどうでしょうか。供給品単体で特許侵害にはならないにしても、供給品が特許侵害の主な原因であれば、責任を問うことができるのでしょうか。

特許という仕組みの大前提として、その権利範囲に入るかどうかは、権利範囲を構成するすべての要素を満たしているか否かで決まります。1つの要素でも欠落していれば、権利範囲には入りません。この点で、各々の要素の価値は等価です。しかし、特許発明の特徴、すなわち、その発明を特許たらしめる、従来技術との差異は、要素全体ではなく、特定の要素にある場合がほとんどです。このような特徴的部分の要素がA、B、Cであり、Dは従来技術にも存在する要素である場合は、特許侵害が「供給品に起因している」として売主に責任を求めることができるような気もします。

難しいのは、特許発明の特徴部分=従来技術との差異は、必ずしも明らかでないということです。日本の特許出願は、「拒絶の理由を発見しな」ければ特許になります。米国特許は、Allowanceの際に、審査官が理由を付してきたりしますが、それが本当にそうなのか?というものも間々あります。明らかでない場合が多いということは、供給元に、供給品が発明の主たる部分を構成しているから特許侵害の原因であるとして契約に基づく補償責任を求めた場合、少なからず争いになる、ということを意味します。

契約によっては、この点に疑問が出ないようにするために、発動の例外条項として、特許侵害が供給品と他の部品との組み合わせに起因する場合を挙げているものもあります。このように明示的に除かれていれば、汎用部品だろうがなんであろうが、供給品だけでは特許の権利範囲を充足しない場合は売主には補償責任はなくなります。それだけ責任を求めることができる場合が制限されることになり、買主にとっては厳しい条件となります。

このような組み合わせによる例外の他、供給品に対して買主が修正を加えた場合、供給品自体が買主の指示により設計された場合などがよくある例外条項かと思います。

責任の取り方

売主の責任の取り方としては、上述したように、(a)買主に代わって防御する、(b)対応費用を負担するの2つがあります。

(a)買主に代わって防御

供給品単体で特許の権利範囲の要件を満たしてしまう場合(例えば、プリンターやデジカメに無線機能がついていて、無線関係の特許で訴えられ、特許侵害は無線モジュールの中で完結)、買主としては、自ら訴訟を遂行して対応費用を後から売主に求償するというよりも、まるごと面倒見て欲しいことの方が多いです。なにしろ、供給品の中身の話です。技術内容なんてわかりません。ブラックボックスです。そんな状態でうまく非侵害主張などできるわけがありません。

そういうニーズに応じるのが、この「買主に代わって防御」です。防御に応じてくれるかどうかは、ほぼ、契約書に明言されているかどうかによります。英文契約の場合、defenseと入っている必要があり、indemnifyだけだと微妙なようです(このあたりは、日々リーガルプラクティスさんのブログ記事に解説があります)。

そして、売主が防御を実行する条件として、上述したものの他に、「案件対応のコントロールを渡す」が入ってくることが多いようです。特許侵害訴訟を戦っていく上で、被告が買主だからといって、訴訟戦略・戦術に口を出されたのではやりにくく、効果的な遂行ができないということです。また、時には売主・買主間で利害が一致しない場合もあるため、防御して欲しいなら訴訟に関する全権を渡せ、というスタンスになるようです。

防御してもらえるのが最善のように見えますが、被疑製品が多種類あったりすると、同機能の部品の売主である供給元は複数社である場合が少なくありません。供給停止リスクに備えるため、複数購買ポリシーを持っている会社も多いと思います。このように、供給元が複数の場合には、どこか一社に訴訟に関する全権を渡すのは困難です。供給割合の最も多い一社に集中させることもできなくはないのでしょうが、供給元間での利害対立は売主買主の場合よりも多かったりするため、あまりうまくいきません。

(b)対応費用を負担

契約書に防御すると書かれていなくて売主に防御を断られた場合、複数購買のためにコントロールが渡せなくて条件を満たさないから防御はできないと言われてしまった場合、さらに、組合せ侵害の場合でも主要部品の供給元に責任を求めたい場合などは、自社で訴訟等を遂行して解決し、求償する形になります。金で解決ですね。

この型の場合には、買主が訴訟の遂行をしますので、どんな代理人を使ってどのように訴訟を進めるか、和解するのか、最後まで戦うのか、といったコントロールは買主にあります。その中で、かかった費用を丸ごと売主が負担してくれるかといえば、「それはかなわない」と誰しも思うことでしょう。「金を出すなら口も出す」のが普通です。

対応のしかたによって、弁護士費用などは大きく変わってきます。自らコントロールできないものについて、後から支払う・支払わないの線引きをしたり、交渉をしたりするのも手間がかかります。このため、弁護士などの費用については支払わない、支払うのは裁判の結果認められた損害賠償金額のみ、としてくる売主もあります。和解解決の場合の解決金については、同等とみなして支払に応じるとしているものもあれば、和解は当事者の裁量が大きいので、支払には応じない、とするところもあります。

弁護士費用についても支払ってくれる書きぶりになっている契約書もあります。その場合でも、費用の明細の提出は必須で、関係なさそうなものは支払から控除されます。供給元が複数ある場合は、供給割合に応じて費用負担額を按分します。このような供給元との交渉自体を弁護士にさせると、そこにもチャージが発生しますが、当然ながらそのチャージは自社で負担せざるを得ません。

負担額の上限

かつては、補償金額には上限を設けないのが常識だった業界・時代もありました。上述したように、保証に限界があるのだから、発生したときには全面的に責任を取るべきという考え方だったと思います。その分をリスクプレミアムとして販売価格に上乗せして供給する(マージンを多めに取る)ことで対応できたかもしれません。

しかし、コスト削減の圧力が強まる中、いつ起こるか分からず、発生したときには高額になる特許侵害に対して青天井の補償を認めていたのでは、その時点で利益が吹っ飛びかねません。こうした観点から、補償額に上限を設ける傾向になっています。絶対額での上限のほか、取引額に連動させる形が多いようです。

この上限額と、補償の発動の条件に対する例外事項を連動させているケースも見られます。例外が多ければ、上限額は多めに、例外が少なければ上限額は少なめに設定して、売主側が全体での発生時のインパクトを均す考え方によるようです。この場合、厳格に見れば供給品レベルでは侵害でない(権利範囲の要素の欠落がある)場合(組み合わせによる侵害)でも、上限額を低く設定したり、組合せ侵害専用の上限額を設けたりすることによって、一定の補償に応じる場合もあります。主機能を司るような部品の場合には、組合せであっても買主側から補償要求が出やすいので、両者の歩み寄りの結果、このような形に落ち着くようです。

技術的なサポート

特に影響範囲が大きい(=販売実績が多い)被疑製品で、防御してもらうのは難しいケースの場合、供給元がどれだけ負担してくれるのかは社内の大きな関心事となります。しかし、知財の実務部隊としては、それよりもなによりも、供給品の技術内容についてしっかりとした情報を提供して欲しい、供給品が特許とどのような関係にあるのか、非侵害論はどのように組み立てればいいのか、有効な無効資料はないのか、特許より前から製造販売していたという証拠をもっていたりしないのか、という技術的・特許的サポートがどれだけ受けられるのかに大きな関心があります。

特に主機能を司るような部品の場合、供給元からのこうした「まともな」情報提供とサポートがなければ有効に訴訟を戦う・特許権者と議論して交渉するのは困難です。

こうした特許侵害事件発生時の技術サポートは、供給元が費用負担などの責任を認めない場合であっても、顧客サポートの一環ということなのか、受けられることが多いです。事件発生通知の際、防御を求めることが難しいことが分かっている場合には、契約に基づいて責任を取るように要請すると共に、特許と供給品の関係について見解を求めることもあります。

とはいえ、得られる「見解」は、軽いものであることも多く、訴訟や交渉でのカードとして使える程度に練られていないこともしばしばあります。このあたりは、供給元自身が同じ特許権者から訴えられているかどうか、他にも買主がいて同じ要求をうけているかどうか、といった事情にも左右されます。

被疑製品の特許と関係の深い部分が供給品にほぼ含まれてしまうような場合は、自力で非侵害論を組み立てるのも辛いことが多いために実質的な技術的サポートを受ける必要があり、一方で金銭的な負担を求めても応じてもらいにくく、どちらも供給元との厳しい交渉に発展することがあります。特許侵害訴訟や警告で特許権者と前面で戦いつつ、裏では供給元とも交渉するということで、リソースの負荷も高く、このようなケースが実務部隊としては最もキツイかもしれません。